最東対地
普段から怖いことばかり考えているので、「謎」とは親戚みたいなものだが……これはこれで難しい。しかも「日常」というオマケ付きである。
あれを書けば怪談になる。それを書けば胡散臭い。
耳から粉が吹くほど考えてみてようやくひとつ、ちょっとした「謎」に再会した。その謎とは、とある友人との「腐れ縁」についてだ。
私には5歳から付き合いのある幼馴染がいる。残念ながら男だ。その男の名をMとしておく。
小学校に入ってすぐ、私はMが人気者の素質を持つ男だと思い知ることとなる。もともとユーモアのセンスに長けた奴だったが、団体生活の中でそれが開花したのだ。
たちまち彼はクラスの中心となり、やがて学年の中心となった。なにをやっても許され、なにをしても騒がれる。
幼馴染の特権として、私は一番近くでMを見ていた。そして、子供ながらに彼のポテンシャルの高さに舌を巻いた。悔しさからMの真似をしてふざけてみるが、悉くうまくいかない。
同じ行為をして、奴は大うけ。私は気味悪がられる。憧れと嫉妬は紙一重だった。
いつしか、「自分とMとは全く違う世界の人間なのだ」と逃避するようになり、彼をヒーロー視することで折り合いをつけるようになった。
Mと私は至る所で「偶然」会うことが多かった。
例えば、夏休み。ひらかたパークのプール。
Mの実家は酒屋で、世間の休日とは無縁だった。彼がプールに行くのは珍しい。その希少な機会に悉く、会う。
しまいには私の方から「あ、今日は会うな」という予感を抱くに至った。
これが不思議と当たり、9割方的中した。重要なのは、これが「願望」ではなく、「予感」であるということだ。
中でも高校時代のエピソードは外せない。
とある時、私は学校をサボって原チャリの免許を取りに行った。
早朝、試験場のある駅に降りると乗客たちの中に見覚えのある人影があった。Mだった。
実は中学2年の時にMは引っ越してしまい、高校も違う。会う機会は数ヵ月に一度の割合だ。それなのに、会った。
さすがに普段、「偶然」や「縁」に興味がないMも驚いていた。
「偶然」はそれだけではない。
お互いに社会人となり独立した頃、ちょうど大阪ではUSJが盛り上がっていた。スパイダーマンのアトラクションが話題となり、客足が伸びたとニュースが報じていた。
ある時、Mから引っ越しの手伝いを頼まれた。恋人と同棲するらしい。
新しい部屋はすでにふたりの匂いと生活が染みついていた。住み始めたばかりだが、すっかり馴染んでいるようだった。
Mの部屋に荷物を運んでいた時、スパイダーマンのタンブラーが飾ってあるのが目に入った。
「あれ、お前USJ行ったんや」
そう言いつつ目を上げると壁にかけたコルクボードにふたりの写真があった。場所はまさしくUSJだ。
「そうやねん。7月にな……」
ピンと来た。厭な予感……というのはよく聞く話だが、この時は逆だ。
私には予感があった。当然、あの「予感」だ。「7月7日か?」
言い当てた私にMは驚いた。しかし、私にはもう一段階、彼を驚かせる用意があった。
実はMがUSJを訪れていた日と同じ日、私もUSJに恋人と訪れていたのだ。鉢合わせなかったのは人の多さと、互いにパートナーを連れていたので僅かに波長がずれたからだろうか。
とにかく、彼が「7月に行った」と言った時点で、私には確信めいたものがあった。その確信は確定となり、私が想像した通りMは驚きを重ねた。
Mは性格的に私のようにいちいち「偶然」の出来事を覚えてはいないが、それは私にとってひとつの自慢になったのは確かである。時を経て私のヒーローは、「腐れ縁」の友人となった。
さて、ここまで「腐れ縁」と呼んできたが、本来の意味とはこうだ。
【離れよう、縁を切ろうとしても断ち切れない、好ましくない関係】
一般に浸透しているイメージとは若干の齟齬があるように感じるが、ひとまずそれは置いておく。
もしも、奴との縁が好ましくないものだとすると、また意味が違ってくるとは思わないだろうか。
本来の意味通り、「切ろうとしても断ち切れない」のだとしたら怖い。この先のMとの「偶然」がその表情を一変させるだろう。
縁とは「前世においての、相手との関係」に大きく依存している……というようなことは古今東西よく聞く話である。
仮にMと私の縁が前世の関係から続くものだとすると――。
いや、やめておこう。この話は美談のままで閉じたい。
「前世でMに憎まれている因縁」故にだなんて邪推は。
――あ、そういえば「因縁」という言葉にも「縁」という字が入っているな。
- 『腐れ縁』 最東対地
- 『九本指』 山吹静吽
- 『忘れられた犯人』 阿津川辰海
- 『ささやき』 木犀あこ
- 『普通と各停って、違うんですか』 山本巧次
- 『雨の日の探偵』 階 知彦
- 『神々の計らいか?』 吉田恭教
- 『虫』 結城充考
- 『監禁が多すぎる』 白井智之
- 『チョコレートを嫌いになる方法』 辻堂ゆめ
- 『銀河鉄道で行こう!』 豊田巧
- 『方向指示器』 小林泰三
- 『庭をまもるもの』 須賀しのぶ
- 『寅さんの足はなぜ光る』 柴田勝家
- 『脱走者の行方』 黒岩 勉
- 『日常の謎の作り方』 坂木 司
- 『味のないコーラ』 住野よる
- 『鍵のゆくえ』 瀬川コウ
- 『彼らはなぜモテるのだろうか……』 市川哲也
- 『やみのいろ』 中里友香
- 『インデックス化と見ない最終回』 十市 社
- 『文系人間が思うロボットの不思議』 沢村浩輔
- 『街道と犬ども』 石川博品
- 『沖縄のてーげーな日常』 友井 羊
- 『ジャンルという名の妖怪たち』 ゆずはらとしゆき
- 『カロリー表示は私を健康に導くのか』 秋川滝美
- 『終電を止める女』 芦沢 央
- 『女子クラスにおける日常の謎』 櫛木理宇
- 『IBSと遅刻癖』 岡崎琢磨
- 『シューズ&ジュース』 青崎有吾
- 『キャラが立つとは?』 東川篤哉
- 『「源氏物語」のサブカルな顔』 荻原規子
- 『そこにだけはないはずの』 似鳥 鶏
- 『『美少女』に関する一考察』 加賀美雅之
- 『食堂Kの謎』 葉真中顕
- 『寒い夏』 ほしおさなえ
- 『人喰い映画館』 浦賀和宏
- 『あやかしなこと』 平山夢明
- 『あなたの庭はどんな庭?』 日明 恩
- 『日常の謎がない謎』 小松エメル
- 『影の支配者』 小島達矢
- 『「五×二十」』 谷川 流
- 『グレープフルーツとお稲荷さん』 阿部智里
- 『ボールペンを買う女』 大山誠一郎
- 『日常の謎の謎』 辻真先
- 『『サイバー空間におけるデータ同定問題』あるいはネット犯罪量産時代』 一田和樹
- 『囲いの中の日常』 門前典之
- 『カレーライスを注文した男』 岸田るり子
- 『お前は誰だ?』 丸山天寿
- 『世界を見誤る私たち』 穂高 明
- 『名探偵は日常の謎に敵うのかしら?』 相沢沙呼
- 『で、あなた何ができるの?はあ、皇帝だったらたぶん…』 秋梨惟喬
- 『すっぽんぽんでいこう!』 桜木紫乃
- 『右腕の長い男』 麻見和史
- 『坂道の上の海』 七河迦南
- 『彼女は地下鉄でノリノリだった、という話。』 柴村仁
- 『その日常で大丈夫か?』 汀こるもの
- 『成功率百パーセントのダイエット』 小前亮
- 『謎の赤ん坊』 蒲原二郎
- 『一般人の愚痴と疑問』 沼田まほかる
- 『寄る怪と逃げる怪』 高田侑
- 『福の神』 木下半太
- 『マッドサイエンティストへの恋文』 森深紅
- 『私の赤い文字』 大山尚利
- 『となりあわせの君とリセット』 詠坂雄二
- 『美人はなぜ美人なのか』 小川一水
- 『なぜモノがあるのか。』 鈴木光司
- 『この目で見たんだ』 北村薫
- 『運命の糸が赤いのは?』 山下貴光
- 『念力おばさん』 湊かなえ
- 『方向オンチはなぜ迷う?』 山本弘
- 『ゆがむ顔のカルマ』 真藤順丈
- 『子供だけが知っている』 宇佐美まこと
- 『人はなぜ、酒を飲むのか』 薬丸岳