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『日常の謎の謎』辻真先|日常の謎|webメフィスト
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日常の謎

日常の謎の謎

辻真先(つじまさき)

 日頃からよけいなことを考える癖があるらしい。日常の謎について書け、という注文を頂戴した。ミステリ雑誌からの注文なのだから、(ああ、北村薫さんについて書けばいいのか)

 と早合点した。だがサンプルとして送ってもらったみなさんの原稿を読んで、そうではないとわかった。ぼくの場合の日常の謎をみつけ、それをネタに書けばいいらしい。

 では日常の謎とはなにか。

 ふだん目の前にブラ下がっていながら、意外に自分では気付かない謎のたぐいであろうか。いや、それではまずいな。気付いてしまったら最後、もはやそれは日常の謎といえなくなるだろう。

 いやいや、そいつがよけいな考えというのだ。気付いても気付かないふりでいれば、相手は依然として謎のままでいてくれるだろう。その日常の謎チャンの油断を見澄ましてえいと網に伏せれば、日常の謎だろうが七日目の蝉だろうが、トッ捕まえることができるはずだ。

 ……と、わけのわからないイメージで、脳細胞を攪拌しているうちに、ようやくぼくに於ける日常の謎を発見した。

 いまぼくは、日常の謎をチャン呼ばわりした。いたって抽象的な存在を、人間になぞらえていたのだ。

 なぜそんな擬人化をするりと発想したのか―といえば。

 近頃のマンガにせよアニメにせよ、やたらめったら擬人化―それも少女化するのがはやっている。四コマの連載で、ありとあらゆる食品を人間扱いするギャグマンガを読み、(『少年サンデー』だったかなあ、題名忘れた)笑うより先にそのキャラ立ちにびっくりしたことがある。なぜかみんな萌え少女で、ネギトロだろうがカツ丼だろうが見境なしに少女化されているのだ。未見の方には説明しにくいが、回転鮨の皿をカッパみたいに頭に載せた女の子を想像してください。

 ……って、そのマンガに接したのは三年ほど前だから、『メフィスト』の読者なら女体化の流行など、とっくの昔にご承知だろう。『這いよれ! ニャル子さん』はにょろりとしたアニメタイトルに驚いたが、もとはラノベで、クトゥルー神話の怪物ニャルラトホテプが、ニャル子さんとして現世に来臨したという発想。大怪物と萌え少女という、激烈なギャップは脱力ものである。

 先達のcocoが描いた『異形たちによると世界は…』が、怪物群を片端から三頭身の愛らしい女の子として登場させていたのも記憶に新しいが、必ずしも原型の矮小化ばかりとはいいきれず、もとネタの特性を生かしたままの作品だってある。

『もやしもん』の菌の擬人化はともかくとして、『害虫女子コスモポリタン』に到っては、ウジ(ゴキブリもハエも登場する)が美少女化しているのだ。腐った細胞のみを食べ、ペプチドの力で雑菌を殺すから、ナース姿の萌え少女として出演する(講談社版の青年誌で連載中)。

 森羅万象ことごとくを美少女化してのけるマンガ・ラノベ・アニメの企画力?こそ、ぼくにとって日常の謎の極北といっていい。

 そりゃまあ、クトゥルー神話の怪物がメスだかオスだか知っちゃいないが、関羽や曹操は誰が考えても『三国志』の英傑であり、まがうことのないオトコなのに、堂々美女として奮戦する姿に目を見はらせる。身近な日本でも、信長だろうと家康だろうと容赦なく女体に改造されて、戦国時代を戦い抜いているのだから、英雄も大変だよ。

 戦前の講談落語が教養の基礎にある爺さんとしては、謎というより衝撃の連続だ(だいたい『るろうに剣心』以来、男は蓬髪、女は洗い髪姿ばかりだから仰天する)。往年の八切学説では上杉謙信は女であったそうだが、平成のいま合戦のどこへ石を投げても女傑にあたる。こうなればオトコの巴御前や静御前を出すほかなさそうだが、まだその気配はない。

 つまり男はお呼びでない、美少女ならキングコングでもゴジラでもいいのかよ、と叫びたくなって、ああ山本弘さんの『MM9』シリーズには少女巨人ヒメがいたっけなと、先見の明に感服したりする。

 男女逆転の発想からは『大奥』という優れたコミックも誕生しているが、あの女体化男体化とは話が違う。日本も中国もふくめて戦国英傑たちのオール美女化とは、つまるところ読者・視聴者・ゲーマーたちの要望を制作側がくみ上げた結果に違いない。

 根っこのところには、ラノベなど若者対象のエンタメ一般に、女子が男子を守って戦うという、例の図式が横たわっているのだろう。セーラー服の少女たちは、ロボットを駆って異星人と戦い(『ほしのこえ』)、御神刀をかざして異形の者と戦う(『BLOOD-C』)。雄々しい(?)おんにゃのコの跳梁が、もはや仮想世界の日常なのだ。そしてそのバーチャルな世界がじょじょに現実を食い荒らしてゆく構図も、エンタメ作品の流れのひとつになろうとしている。ラブコメ的な舞台でなく、シリアスな戦いのドラマでも、『牙の旅商人』『WOMBS』など優れた作品が迎えられている現在だ。

 この社会を男になぞ任せられないという女性層の決意なのか、最後はカアチャンがなんとかしてくれるさという男性層の甘ったれ気分なのか、ぼくにはよくわからない。わからないなりに、それがいまのわれわれを取り巻く日常なのだと、否応なしに納得させられるのは、年甲斐もなくマンガやアニメに入り浸っているぼくだからだろうか。

 いずれにせよ雲のごとき英雄豪傑の女体化は、平成ユーザーの願望の行き着くところなのだ。イコールわれわれの生きている日常の形相のひとつとすれば、さて深まる謎をどう解けばいいのでせうね、殿方のみなさま。

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