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『庭をまもるもの』須賀しのぶ|日常の謎|webメフィスト
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日常の謎

『庭をまもるもの』須賀しのぶ

須賀しのぶ

 日常の謎。ボンヤリ生きているために何が起きてもほぼ疑問に思うことのない自分にとって、なかなかハードルの高いテーマです。

 悩んでると、窓のむこうからなにやら視線の気配。カラスが塀の上に止まり、小首を傾げてこちらを見ています。

 このカラス、ほぼ毎日やって来ます。カーテンを閉めている時は挨拶してくれることもありますが、たいていはおとなしくこちらが気づくのを待っています。準備していたパンの耳や、昨日のおかずの残りを差しだすと、手ずから食べてくれます。

 ―ということを、少なくとも八年は続けているのですが、カラスの寿命って何年なんでしょうか。ずっと同じカラスです。ただ、時々、子育てに忙しい時はダンナとおぼしきカラスが来ます。こちらはもう少し腰が低いです。食べ物をあげる時も、カー子(仮名)は当然って感じですが、カー太(仮名)は「いつもすみません」という気配が感じられます。家庭での力関係がかいま見えますな。

 雛が飛べるようになると、毎年連れて来てくれます。「ちょっとアンタ、この子たちにも何かやってくんない?」とぐいぐい母に押し出されておろおろしている雛を前にすると、お年玉をあげるおばあちゃんの気持ちになります。

 しかし、カー子さん、雛たちが巣立った後、つがいで来て、ずっと人んちの塀の上でくちばしをくっつけあっているのはなんの意味があるのかな? リア充爆発しろ。

 満腹になったカラスが飛び立つと、待ってましたとばかりに小鳥たちがやって来ます。カラスがちらかしたパンや果物を一心不乱についばみます。スズメはさすがに私が近づくと逃げますが、他は全く構う様子はありません。

 ちなみに庭にいるのは私だけではありません。高確率で、猫がいます。

 ここ一帯のボス猫なのですが、昼寝はここと決めているのか、いつも勝手に寝ています。

 しかし鳥は平気でやって来ます。とびぬけて臆病なスズメと、声の大きいヒヨドリだけは木の上から降りてきませんが、他は平然と猫の前を横切ります。猫は目を閉じたまま全く動く気配がありません。

 昔は、こうではありませんでした。この猫はカー子とほとんど歳は変わりませんが、若いころは顔をつきあわせれば喧嘩してました。あまりの煩さによくキレたものです。

 が、ある日ぴたりとなくなりました。

 カー子がごはんを食べているすぐ隣で猫が寝ている光景を見た時には、目を疑いました。

 しかも、小鳥が来ても、動かないなんて……。

 これは拳で語り合ったカラスと猫に夕陽の河原的展開があったのだろうか、と微笑ましく思っていたら、父が言いました。

「ああ、それは俺があいつらにちゃんと話つけといたから。仕事の邪魔すんなって。だからもう騒ぐことはないよ」

 自信満々の笑顔でした。

 まあ普通は、アハハそうなんだ〜と流すか、何言ってんだコイツと思うところです。

 が、私は、なんだそうだったのかと納得しました。

 前置きが長いというかもうほとんどシメに入ってますが、私の日常で一番の謎といったらこれです。

 父という生物です。

 いろいろ謎なところは多いのですが、その筆頭はほぼ不死身であることです。

 雪解け水が荒れ狂う川の上流に落っこちてド派手に流されても、井戸に落っこちても、屋根から落っこちても怪我ひとつない。山の斜面を落っこちた時はさすがに怪我したそうですが、それも腕の皮膚がちょっと切れたとかそんな程度です。書いてて思ったけど落下しすぎじゃないですかね? 私も子供のころからベランダや塀から何度も落ちましたし、目の前で大階段をすごい勢いで転げ落ちていく母を見た記憶もあるので、家族って似るんだな〜とほのぼのしますが、母と私はちゃんと(?)怪我をしました。なぜ我々の何倍も落ちている父が無傷で済むのか理解不能です。

 で、その不死身オーラが引き寄せるのか知りませんが、野生動物に異常に懐かれます。イタチや鹿に延々ついてこられて困り果てていたこともありました。

 そもそも我が家がなんか野鳥の休憩所みたいになったのも、なぜか父について庭までやって来たカラスの彼女に父が煮干しをあげたのがきっかけでした。猫はそのころから父にだけゴロゴロしてました。

 改めて庭を見てみると、ひなたぼっこしているボス猫のすぐ隣で、ここのところ毎日来ているツグミが一心不乱にパンをついばんでいます。この半月ほどで、ずいぶん体がまるまるとしてきました。

「シベリアに帰るために頑張って栄養をためこんでいる時期だから、ツグミが来ている間はちゃんと見張っとけって頼んだんだ」

 いつぞやの冬、父がそんなことを言っていましたっけ。

 威嚇するようなヒヨドリの鳴き声は、さきほどから絶えることがありません。ヒヨドリは凶暴で、他の小鳥をすぐに蹴散らしてエサを独占しますが、カラスか猫がいる間は決して降りてきません。

 ボス猫に守られて存分に食べ、満足したツグミは飛び立っていきました。ほどなくして猫がのっそり立ち上がり、去っていきます。やっぱり、本当に話をつけたのかなあ。

 待ってましたとばかりに降りてくるヒヨドリたちを横目に、父の話を神妙に聞くカー子とボス猫を想像したら、ずいぶん愉快な光景だったので、そういうことにしておきましょう。

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