辻堂ゆめ
チョコレート、アイス、ケーキ。
『嫌いな食べ物』の欄にそう書いて、「え、『好きな食べ物』の間違いでしょ?」と先生に指摘されたことがある。小学二年生のときの話だ。
そう思われるのも仕方がない。『好きな食べ物』の欄に書いていたのがネギトロときな粉だったから、逆だと思われたんだろう。
でも、全然、間違いじゃない。おかしな味覚だと自分でも思うけれど、私は昔から、チョコレートとアイスとケーキが苦手だ。女子なのに。(と一括りにするのは良くないのかもしれないのだけど、でも……女子なのに。)
成長すると好き嫌いが減るもので、大人になってから少しは克服した。今では、アーモンドやクッキーが入ったチョコレートや、生クリームがついていないチーズケーキくらいなら美味しく食べられる。でもやっぱり、アイスは未だに得意でないし、スイーツバイキングに行っても和菓子ばかり皿に盛ってしまうのは変わらない。
「甘いものが苦手なんじゃない?」「クリームっぽいものが不得意とか?」と一緒に推理してくれた友達も多々いたけれど、誰一人として納得のいく答えには辿りつけなかった。というのも、「パンケーキやクッキーは大好きだよ」「生クリームは無理だけどカスタードクリームは好物だよ」などと、いくらでも反例が浮かんでしまうのだ。別に、アレルギーがあるわけでもない。
そのことで、どれだけ奇異の目で見られてきたか。
……と言うと大げさすぎるけれど、例えば、バレンタイン。せっかく女友達が腕によりをかけて友チョコを作ってきてくれるのに、毎年毎年申し訳ない顔をして「気持ちだけは受け取っておくね」と答えるのが上手になるばかり。
暑い夏にみんなでサーティワンに行って何も注文しないと、「え! 夏に何食べて生きてるの!」「人生の半分損してるよ!」という容赦ない言葉が浴びせられる。
クリスマスシーズンにガラスケースの中のホールケーキを見て周りが「美味しそう」と頰を緩める中、話に混じろうと焦るあまり一人だけ「綺麗だね」とよく分からない感想を述べることも度々。
甘いものが好きな男友達(いわゆるスイーツ男子)に、「女子とご飯すればいくらでも甘いもの食えると思ったのに、お前、ダメなのかよ!」と、いたく残念がられてしまったことさえある。
友達には正直に言えても、目上の人に「これはあそこの店のね……」などと勧められると断れないことも多いだけに、この好き嫌いはちょっとした悩みであり、謎だった。
どうしてこんなへんてこな味覚ができあがってしまったのか。
そのことについて昔からずっと首をひねっていたけれど、やっぱり、明確な原因があるように思う。
まず、先天的か後天的かと言われたら、後者だ。それも、幼少期の育てられ方のせいでこうなってしまった、というのが持論。
もちろんこれは仮説に過ぎないし、しっかりここまで育ててくれた両親のことは心から尊敬している。
……でも、さすがに、五歳になるまで娘にチョコレートもアイスもケーキも食べさせなかったのは、ちょっとやりすぎだったんじゃないだろうか!
健康志向だったらしい両親が幼い私に頑なに与えなかったものは、ほかにもいくつかある。例えばマヨネーズとケチャップ。この二つに関しても、そのまま食べるのは未だに苦手で、ポテトサラダやチキンライスのような料理にしないとなかなか美味しくは食べられない。
チョコレートもアイスもケーキもマヨネーズもケチャップも全て、「身体に良くはない。だから食べさせないようにした。好物でなくなれば後々娘のためになると思い、意図的にやった」というのが両親の言い分。
その方針を娘が五歳になるまで貫いてみた結果、見事成功してしまったというわけだ。(ちなみに二個年下の弟は、三歳のときに解禁になったためか、チョコもアイスも大好きになった。)
ここで思い出すのが、『三つ子の魂百まで』という言葉。このことわざ、実は味覚にも当てはまるのかも。
三歳になる頃までに食べたものは、自然と受け入れられるようになる。逆に言えば、それまでに口に入れなかった食べ物は、異物として認識されてしまう。私たち日本人が虫を食べ物とは思わなかったり、アメリカ人が海苔を気持ち悪がったりするように。
確かに、カロリーや糖分の高い食べ物は、健康面から見れば食べないに越したことはないのかもしれない。でも、両親に向かって声を大にして言いたい。ファミレスでデザートを頼もうとしたとき、チョコレートとアイスと生クリームのいずれかが入っているメニューを消去すると何も残らない悲しさを、あなたがたは知らないでしょう! と。
まあ、おかげでパンケーキ店や和カフェにはやたらと詳しくなったから、困ってはいない。そもそも、本当に子育て方法が原因だったのかどうかも分からない。サンプルは私しかいないわけだし、たぶん、血液型占いと同じくらい信憑性がない。(だから、お父さんお母さん、冤罪だったらごめんなさい。)
もしこれから子育てをする方がこの文章を読んでいるなら、五歳くらいまで甘いものを一切与えなければ、チョコレートを食べない子どもに育てることが可能かもしれない。もちろん、おすすめはできないし、しませんけれど!
- 『腐れ縁』 最東対地
- 『九本指』 山吹静吽
- 『忘れられた犯人』 阿津川辰海
- 『ささやき』 木犀あこ
- 『普通と各停って、違うんですか』 山本巧次
- 『雨の日の探偵』 階 知彦
- 『神々の計らいか?』 吉田恭教
- 『虫』 結城充考
- 『監禁が多すぎる』 白井智之
- 『チョコレートを嫌いになる方法』 辻堂ゆめ
- 『銀河鉄道で行こう!』 豊田巧
- 『方向指示器』 小林泰三
- 『庭をまもるもの』 須賀しのぶ
- 『寅さんの足はなぜ光る』 柴田勝家
- 『脱走者の行方』 黒岩 勉
- 『日常の謎の作り方』 坂木 司
- 『味のないコーラ』 住野よる
- 『鍵のゆくえ』 瀬川コウ
- 『彼らはなぜモテるのだろうか……』 市川哲也
- 『やみのいろ』 中里友香
- 『インデックス化と見ない最終回』 十市 社
- 『文系人間が思うロボットの不思議』 沢村浩輔
- 『街道と犬ども』 石川博品
- 『沖縄のてーげーな日常』 友井 羊
- 『ジャンルという名の妖怪たち』 ゆずはらとしゆき
- 『カロリー表示は私を健康に導くのか』 秋川滝美
- 『終電を止める女』 芦沢 央
- 『女子クラスにおける日常の謎』 櫛木理宇
- 『IBSと遅刻癖』 岡崎琢磨
- 『シューズ&ジュース』 青崎有吾
- 『キャラが立つとは?』 東川篤哉
- 『「源氏物語」のサブカルな顔』 荻原規子
- 『そこにだけはないはずの』 似鳥 鶏
- 『『美少女』に関する一考察』 加賀美雅之
- 『食堂Kの謎』 葉真中顕
- 『寒い夏』 ほしおさなえ
- 『人喰い映画館』 浦賀和宏
- 『あやかしなこと』 平山夢明
- 『あなたの庭はどんな庭?』 日明 恩
- 『日常の謎がない謎』 小松エメル
- 『影の支配者』 小島達矢
- 『「五×二十」』 谷川 流
- 『グレープフルーツとお稲荷さん』 阿部智里
- 『ボールペンを買う女』 大山誠一郎
- 『日常の謎の謎』 辻真先
- 『『サイバー空間におけるデータ同定問題』あるいはネット犯罪量産時代』 一田和樹
- 『囲いの中の日常』 門前典之
- 『カレーライスを注文した男』 岸田るり子
- 『お前は誰だ?』 丸山天寿
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- 『名探偵は日常の謎に敵うのかしら?』 相沢沙呼
- 『で、あなた何ができるの?はあ、皇帝だったらたぶん…』 秋梨惟喬
- 『すっぽんぽんでいこう!』 桜木紫乃
- 『右腕の長い男』 麻見和史
- 『坂道の上の海』 七河迦南
- 『彼女は地下鉄でノリノリだった、という話。』 柴村仁
- 『その日常で大丈夫か?』 汀こるもの
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- 『謎の赤ん坊』 蒲原二郎
- 『一般人の愚痴と疑問』 沼田まほかる
- 『寄る怪と逃げる怪』 高田侑
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