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『日常の謎の作り方』坂木 司|日常の謎|webメフィスト
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日常の謎

『日常の謎の作り方』坂木 司

坂木 司

 そもそも、日常は謎だらけです。

 だってまず、自分がどこから来てどこへゆくのかわからない。いつ結婚したり子供ができたり、その大前提として誰かといい感じになることがわからない。わかったらいいのにな、と思うけどやっぱりわからない。

 そんな運命的なのは日常じゃない、とお思いですか。なら、なぜあなたは親に反発しましたか。少しだけ悪いことをしたいと思いましたか。思春期だったから。そう言っておけば簡単な言葉は、それぞれありますね。科学的に解明できてる。数式で証明されている。でも、あなたはその理論をきちんと理解しているのでしょうか。心の底から「ああ、なるほど」と感じているのでしょうか。

 少なくとも私は、ほとんどのことを理解していません。宇宙がどこまであるのかとか、なんで人類には右利きが多いのかとか、人様に説明できるほど、きちんとわかってはいないのです。

 なんで不意にカレーが食べたくなるのですか。夕暮れに哀しい気分になるのはなぜですか。どうして近所の人は、挨拶するまで意地悪そうに見えるのですか。空は泣きますか。あなたはこんな「ありふれた」日常の風景を、すべて説明できますか。

 日常は混沌として、自分や他人の行動原理がわかりにくい状態になっています。そこに注目して理由を掘り下げてゆくのが、『日常の謎』という物語形式なのでは、と私は考えています。

 日常は謎だらけで、そして怖い。だってまず、探偵がいません。日常生活には探偵、あまりいませんからね。そして警察小説ではないので、警官は出てきても解決してはくれません。つまり、事件はほぼ一般人にゆだねられているわけです。これ、もし現実だったら怖くありませんか。冤罪、しまくりそうじゃないですか。私刑もありなんじゃないですか。これは山も泣きますわ。

 だから、探偵役が謎を解く「理由」には気をつかいます。探偵や警察みたいに、それが職業ならいいのですが、なにしろこちらはそうじゃない。倫理観のためにも、他人のプライバシーに首を突っ込むそれらしい理由が欲しいところなのです。

 ちなみに何故、というきっかけになる出来事も、それらしくしておきたいところです。読んでいる人が興味を持ったり、わくわくしたり、そういうものだと、より楽しくなりますね。たとえば、そうですね、よく通る道路を舞台に、ちょっと考えてみましょうか。

 あなたが通勤や通学、お買い物などでよく使う道。そこに何があったら「ん?」となりますか。死体は駄目ですよ。半裸の美少女もNG。私なら、そうですね。冬の朝、道路の真ん中で円形の氷がばしゃんと割れているなんてどうでしょうか。近くに水道やバケツはありません。割れ方は、放射状に広がって、真上から落としたような印象を受けます。しかし道路の中心なので、真上には何もありません。左右の家も、窓が張り出してはいません。そんな状態が、翌日も、翌々日も続きます。毎日、道路の真ん中で氷を割るのは誰なのか、何故なのか。これは、真夏の打ち水で考えても面白いと思います。なぜならどちらも「消える」というタイムリミットがあって、夜にそこを通る人は知らない、などとお話を膨らませることができるからです。

 ちなみに「トリック」と「理由」、そのどちらに比重を置くかで、またお話は変わってきます。たとえばトリック。簡単にしたければ、背の高い人物が両手で持ち上げて、落とすだけでもいい。ただその場合、その人物がどんな「理由」でそれをしたかが重要になってきます。丸い氷を道路の真ん中で割らなければならなかった理由。あなただったら、どんなことを考えますか。

 私だったら、そうですね、背の高い中学生。左右のどちらかに建っているマンションに住んでいる子にします。科学が好きで、実験も好き。円形の氷が放射状に割れるところを見たくて、ベランダのバケツで氷を作った。広い場所はマンションのエントランスしかないけど、屋根つきだから高いところから落とすことはできない。それに住民の共用部分だから、氷を散らかしたり、水浸しにすることもNG。でも氷は長く持ち歩けないし、しょうがないので道路の真ん中で実験した。両親は通勤時間が長めな共働きで、その子より早く家を出てしまうので知られることはなかった。まあ、理由はなんとでもなります。

 物語の中心になる謎ができたら、後はそれに合わせた登場人物を添えます。この場合は、現場の道を通る人。実験好きの中学生と出会わせて楽しいのは、どんな人物でしょう。理系の大学生か、塾の講師あたりが面白いかもしれません。

 日常の謎ものにおける探偵役は、基本的に暇でないといけません。ちょっとした不思議に目を留め、それに時間をさけるようでないといけないからです。それに加え、謎を解けるくらいの頭脳も必要。昔で言うところの高等遊民が、このタイプのお話にはぴったりはまります。

 理系の大学生もいいですが、既存のキャラに学生が多い気がします。そこで今回は塾の講師をチョイス。謎を解いた彼は、姿の見えない犯人に向かって、逆に問題を投げかけます。早朝の道路に置かれた、不可思議な形の氷。こんなものを作るには、どうしたらいい? そこから始まる推理合戦。問題を出し合ううちに、知りあってゆく二人。やがて互いが出した覚えのない問題が出現し、そこで初めて二人は会話を交わします。

 まあ、こんな感じで私は日常の謎の枠組みを作ってます。え? 不可思議な形の氷ってどんなのかって? そこはそれ、これから苦手な科学の本とかを読んで、頑張るんですよ。『子供にもわかる科学実験』とかね……。

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