市川 哲也
私は数年前まで、いわゆるギャルゲーなるものを制作する会社に勤めていた。
なぜその業界を志望したかといえば、もちろんギャルゲーが好きだからである。そんな私、いや、ギャルゲーユーザーなら一度はぶつかった謎があるのではないだろうか。
そう、ギャルゲーの主人公はなぜあんなにもモテるのか、である。
彼らは実にモテる。学校一の美少女だろうが、男嫌いのクールビューティーだろうが、人気絶頂のアイドルだろうが、動物や宇宙人、幽霊にいたるまで、恋愛関係に持ちこめる。なぜそんなに彼らはモテるのか。
そりゃゲームだし、エンターテインメントなんだからそうしないとダメだろ、と結論するのは簡単だ。しかし、現実的に考えてみるとどうか?
過去、その謎に挑戦した私は、いくつかの解答を導き出した。そのひとつはこうである。
ギャルゲーにおいて、並行世界解釈はもはや常識だ。それが作用しているのではないか。
ギャルゲーのエンディングのひとつとして、主人公が誰とも結びつかずに終わる結末はよくある。つまり、彼らだって百発百中で彼女らとつき合えるわけではない。彼らが彼女らとつき合えているのも、数ある並行世界のうちのひとつなのだ。私たちが見ているモテる主人公は、そのうちのひとつの人生にすぎない。
たとえば、この世界の私は女性と縁のない生活を送っているが、ある並行世界の私は本仮屋ユイカとつき合っているかもしれないのだ。最高である。
もうひとつの解答が『主人公、女性を魅了する特殊なフェロモンを発しているんじゃないか説』である。
ある種の生物がそうであるように、彼らが発する特殊なフェロモンに彼女らは吸い寄せられているのではないか。
余談だが、その説にともない、こんなライトノベル案を考えたこともあった。
ある日、主人公は病床の父親から呼び出される。そしてこう告げられるのだ。「私たちの家系の男子は十六歳の誕生日を迎えたときから、女性を魅了するフェロモンが発せられる。その日からはとにかくモテてモテてモテまくる。くれぐれも修羅場は迎えないように……ガクッ」
誕生日からは幼なじみや生徒会長や女教師等々からモテまくり、うれしくも苦難の日が……というものである。
以上ふたつの説を考えてみたが、釈然としないものがあった。並行世界説もフェロモン説も、私たちが再現不能という点で非現実的なのである。ライトノベルのネタにできるほどなのだ。
もっと現実的な解釈はないか。そう夜も眠れない日々を送っていたとき、ふと思い至ったのだ。彼らを見ていればわかるじゃないか。なぜモテるのか、その理由が!
街頭インタビューなどでよくある『好きな男性のタイプは?』でよく挙がる回答がある。それは『やさしい男』だ。それが真実であるなら、彼らほど当てはまっている者はいない。ギャルゲーの主人公は平均平凡な性格の男子に見えるが、そうではない。
たとえば女の子が大量のプリントを『特に大変そうでもなく』運んでいるとする。その場合、彼らは十中八九、運ぼうかと声をかける。これがナチュラルにできる男がどれだけいるだろうか。私だったら、あまり親しくもないのに声をかけて下心があると思われたらどうしよう、とか、そんなに大変そうじゃないし大丈夫か、などなど雑念が浮かんで声はかけられないだろう。
俺だってやっている、という人はいるかもしれない。だが重要なのは、ナチュラルに、という部分である。彼らは「ここで一丁好感度を上げとこう」などとは考えない。当たり前の行動としてできているのである。こういう部分は、彼女らにも伝わっているのではあるまいか。
草食系男子隆盛のいま、好きな男のアンケートを取ったとき、次に挙がるのが『男らしい男』ではないだろうか。その点でも彼らは群を抜いている。
典型的な例だが、街でヤバそうな男から女性が絡まれていたとしたらどうするだろうか。おそらく、ほとんどが何事もなくとおりすぎるか、さもなくば警察への通報などですませるのではないだろうか。
だが、彼らは違う。ほぼ迷うことなく助けに向かう。そして多くの場合、無事に女性を助け出してみせる。ここで重要なのは二点だ。無事に助け出すことと、打算なく『助ける』という選択肢を選べるところである。
三番目の要素は運だ。
彼らの『街をぶらついていたら偶然知り合いの女子と遭遇する率』の高さは半端じゃない。こういう偶然は話の種にもなるし、頻繁に会っているうちに彼女らも運命を感じ取るかもしれない。
また、偶然彼女らの秘密を見てしまうというケースもある。堅物な生徒会長が実はぬいぐるみ好きだったとか、クラスの目立たない子が実はヤクザの娘であったりなどだ。秘密の共有により、ふたりの親密度は高まるわけだ。
他にも彼らは根明であるとか人見知りしないとかモテ要素はある。だが、私が一番重要なのではと思うのはこれだ。
手元にギャルゲーがある方は、彼らのビジュアルに注目してほしい。
……おわかり頂けただろうか。
そう、彼らはそろいもそろって男前なのである! 前髪で容貌がわかりにくい奴もいるが、骨格、雰囲気その他からして明らかに男前なのだ。
男前、性格よし、男らしく、運も兼ね備えている。こんな男がモテないはずがない。彼らのモテは不思議でもなんでもない。至極当たり前のことだったのである。
これにてQED……ケッ。
- 『腐れ縁』 最東対地
- 『九本指』 山吹静吽
- 『忘れられた犯人』 阿津川辰海
- 『ささやき』 木犀あこ
- 『普通と各停って、違うんですか』 山本巧次
- 『雨の日の探偵』 階 知彦
- 『神々の計らいか?』 吉田恭教
- 『虫』 結城充考
- 『監禁が多すぎる』 白井智之
- 『チョコレートを嫌いになる方法』 辻堂ゆめ
- 『銀河鉄道で行こう!』 豊田巧
- 『方向指示器』 小林泰三
- 『庭をまもるもの』 須賀しのぶ
- 『寅さんの足はなぜ光る』 柴田勝家
- 『脱走者の行方』 黒岩 勉
- 『日常の謎の作り方』 坂木 司
- 『味のないコーラ』 住野よる
- 『鍵のゆくえ』 瀬川コウ
- 『彼らはなぜモテるのだろうか……』 市川哲也
- 『やみのいろ』 中里友香
- 『インデックス化と見ない最終回』 十市 社
- 『文系人間が思うロボットの不思議』 沢村浩輔
- 『街道と犬ども』 石川博品
- 『沖縄のてーげーな日常』 友井 羊
- 『ジャンルという名の妖怪たち』 ゆずはらとしゆき
- 『カロリー表示は私を健康に導くのか』 秋川滝美
- 『終電を止める女』 芦沢 央
- 『女子クラスにおける日常の謎』 櫛木理宇
- 『IBSと遅刻癖』 岡崎琢磨
- 『シューズ&ジュース』 青崎有吾
- 『キャラが立つとは?』 東川篤哉
- 『「源氏物語」のサブカルな顔』 荻原規子
- 『そこにだけはないはずの』 似鳥 鶏
- 『『美少女』に関する一考察』 加賀美雅之
- 『食堂Kの謎』 葉真中顕
- 『寒い夏』 ほしおさなえ
- 『人喰い映画館』 浦賀和宏
- 『あやかしなこと』 平山夢明
- 『あなたの庭はどんな庭?』 日明 恩
- 『日常の謎がない謎』 小松エメル
- 『影の支配者』 小島達矢
- 『「五×二十」』 谷川 流
- 『グレープフルーツとお稲荷さん』 阿部智里
- 『ボールペンを買う女』 大山誠一郎
- 『日常の謎の謎』 辻真先
- 『『サイバー空間におけるデータ同定問題』あるいはネット犯罪量産時代』 一田和樹
- 『囲いの中の日常』 門前典之
- 『カレーライスを注文した男』 岸田るり子
- 『お前は誰だ?』 丸山天寿
- 『世界を見誤る私たち』 穂高 明
- 『名探偵は日常の謎に敵うのかしら?』 相沢沙呼
- 『で、あなた何ができるの?はあ、皇帝だったらたぶん…』 秋梨惟喬
- 『すっぽんぽんでいこう!』 桜木紫乃
- 『右腕の長い男』 麻見和史
- 『坂道の上の海』 七河迦南
- 『彼女は地下鉄でノリノリだった、という話。』 柴村仁
- 『その日常で大丈夫か?』 汀こるもの
- 『成功率百パーセントのダイエット』 小前亮
- 『謎の赤ん坊』 蒲原二郎
- 『一般人の愚痴と疑問』 沼田まほかる
- 『寄る怪と逃げる怪』 高田侑
- 『福の神』 木下半太
- 『マッドサイエンティストへの恋文』 森深紅
- 『私の赤い文字』 大山尚利
- 『となりあわせの君とリセット』 詠坂雄二
- 『美人はなぜ美人なのか』 小川一水
- 『なぜモノがあるのか。』 鈴木光司
- 『この目で見たんだ』 北村薫
- 『運命の糸が赤いのは?』 山下貴光
- 『念力おばさん』 湊かなえ
- 『方向オンチはなぜ迷う?』 山本弘
- 『ゆがむ顔のカルマ』 真藤順丈
- 『子供だけが知っている』 宇佐美まこと
- 『人はなぜ、酒を飲むのか』 薬丸岳







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