東川篤哉(ひがしがわとくや)
キャラクターという言葉は、以前は主に漫画やアニメの登場人物を指す言葉だったと思うが、いつの間にやら小説の世界でも普通に使われるようになった。ミステリの場合はもともとシャーロック・ホームズの昔から名探偵の魅力に依存する傾向があるので、キャラクターという言葉と馴染みやすいジャンルなのだろう。ちなみに、わたしはユーモアミステリを専門に書いている者であるが、正直なところ人間を描いているというよりはキャラクターを描いているという意識のほうが強かったりする。
担当の編集者もすでにそういう認識のようで、つい最近も長編ミステリを書いた際に、「このヒロインのキャラがもうひとつ」と指摘されてしまった(ミステリ部分についてはなにもいわれなかったのに)。そして、その編集者はさらにこう注文をつけた。「もっとヒロインのキャラが立つように直してください」
べつにわたしの書いたヒロインが寝たきりの重症患者だったわけではない。彼女は二本足で立っているけれど、ヒロインとしては立っていない、と編集者はいいたかったわけだ。「キャラが立つ」とは、あらためて考えてみると奇妙な言葉である。
そもそも、わたしが最初に「キャラが立つ」という言葉を耳にしたのは、いったいいつ頃のことだったろうか。そんなに昔から使っていた言葉ではないような気がする。
似たような言葉で「キャラ萌え」というのがあるが、それをわたしが最初に認識したのは二〇〇二年だった。これはデビューの年なのでハッキリと覚えている。「キャラが立つ」は、それより前からあった言葉だと思うから、わたしがその言葉に最初に接したのはたぶん九〇年代後半のことだろう。ひょっとすると、この雑誌のメフィスト賞座談会のページで目にしたのが最初だったかもしれない。
「キャラクターが魅力的であること、存在感があること」といった程度の意味なのだろうということは、当時のわたしにもなんとなく判った。でも、最初は具体的なイメージがなかなか湧かなかったような記憶がある。「キャラが立つ」とは、果たしてどういうことなのか。なぜキャラが「立つ」なのか。キャラが「生きる」とか「動く」では、なぜいけないのか。反対語はキャラが「座る」なのか、それとも「横になる」なのか。でも、そういう言葉は聞いたことがないし――。
とまあ、そんな感じで、当時アマチュア作家だったわたしは、この言葉の意味するところについて結構真剣に考えたように思う。
で、あれこれ考えているうちに、やがてわたしは「キャラが立つ」という言葉について、漠然と「ああ、要するにあのシーンのことなのだな」と自分なりに理解するに至った。
「あのシーン」とは、すなわち映画『ダーティハリー』のクライマックスのことである。
有名なシーンだから知っている人も多いと思う。さそりと名乗る凶悪犯が、スクールバスを乗っ取る。運転手に銃を突きつけるさそり。泣き喚く子供たち。しかし、そのバスが陸橋に差し掛かった瞬間、そこにあの男が待ち構えたように仁王立ちしているのだ。
サンフランシスコ市警ハリー・キャラハン刑事=クリント・イーストウッド。
あのシーンのイーストウッドの立ち姿の凜々しさ、雄々しさ、スマートさは特筆に価する。わたしの目には、彼の背後に「ドォォォーン!」とか「ズゥゥゥーン!」というような、漫画でお馴染みの極太の文字が躍っているように見えた。まさに惚れ惚れするような格好よさ。しかも、カメラはその姿をやや仰角で撮っているので、もともと長身のイーストウッドが余計にでかく見える。間違いなく観客の目にはあの瞬間、彼の身長が二メートル五十センチくらいに映っているはずだ。そのあまりの迫力に打たれた多くの観客は、「なんでさそりはバスをUターンさせんの?」というような当然の疑問を感じることもないままに、「待っとったど、マグナム兄さん! 早よう、その悪党をやっつけちゃってくれーや!」と無邪気な歓声をあげるのだ。
要するにくだらない疑問を封印してしまうほど、ダーティハリーというキャラがよく立っているのである。
「キャラが立つ」とはこういうことなのだろうと、わたしは理解した。いや、この際だからハッキリいってしまおう。わたしは「キャラが立つ」という奇妙な言葉の語源は、まさしく『ダーティハリー』のこのシーンにあると信じている。――え、違うって!? いいえ、間違いありません! よく聞いて欲しい!
多くの人は誤解していると思うのだが、「キャラが立つ」のキャラとはキャラクターの頭三文字のことではない。アニメ・キャラのキャラでは断じてない。
あれはハリー・キャラハンのキャラなのだ。いや、本当だってば! 嘘じゃないって!
つまり「キャラが立つ」とは、すなわち「陸橋の上にキャラハン刑事が立つ」という映画史に残る名場面を示した、実に奥が深く重い言葉なのである(と、わたしは信じる)。それがなにゆえ日本の漫画・小説界において、いま現在のような意味で定着したのかは定かではない。いや、正直なところ、わたしの信じる説が真実かどうかも確かめようがない。
しかし、ひとついえること。それは「キャラの立て方が判らない」と悩んだときは、いまいちど『ダーティハリー』の陸橋の場面に舞い戻ってみるといい、ということだ。きっとキャラハン刑事の見事な立ち姿が、無言でなにかを語ってくれるはずだ。
ありがとう、マグナム兄さん!
- 『腐れ縁』 最東対地
- 『九本指』 山吹静吽
- 『忘れられた犯人』 阿津川辰海
- 『ささやき』 木犀あこ
- 『普通と各停って、違うんですか』 山本巧次
- 『雨の日の探偵』 階 知彦
- 『神々の計らいか?』 吉田恭教
- 『虫』 結城充考
- 『監禁が多すぎる』 白井智之
- 『チョコレートを嫌いになる方法』 辻堂ゆめ
- 『銀河鉄道で行こう!』 豊田巧
- 『方向指示器』 小林泰三
- 『庭をまもるもの』 須賀しのぶ
- 『寅さんの足はなぜ光る』 柴田勝家
- 『脱走者の行方』 黒岩 勉
- 『日常の謎の作り方』 坂木 司
- 『味のないコーラ』 住野よる
- 『鍵のゆくえ』 瀬川コウ
- 『彼らはなぜモテるのだろうか……』 市川哲也
- 『やみのいろ』 中里友香
- 『インデックス化と見ない最終回』 十市 社
- 『文系人間が思うロボットの不思議』 沢村浩輔
- 『街道と犬ども』 石川博品
- 『沖縄のてーげーな日常』 友井 羊
- 『ジャンルという名の妖怪たち』 ゆずはらとしゆき
- 『カロリー表示は私を健康に導くのか』 秋川滝美
- 『終電を止める女』 芦沢 央
- 『女子クラスにおける日常の謎』 櫛木理宇
- 『IBSと遅刻癖』 岡崎琢磨
- 『シューズ&ジュース』 青崎有吾
- 『キャラが立つとは?』 東川篤哉
- 『「源氏物語」のサブカルな顔』 荻原規子
- 『そこにだけはないはずの』 似鳥 鶏
- 『『美少女』に関する一考察』 加賀美雅之
- 『食堂Kの謎』 葉真中顕
- 『寒い夏』 ほしおさなえ
- 『人喰い映画館』 浦賀和宏
- 『あやかしなこと』 平山夢明
- 『あなたの庭はどんな庭?』 日明 恩
- 『日常の謎がない謎』 小松エメル
- 『影の支配者』 小島達矢
- 『「五×二十」』 谷川 流
- 『グレープフルーツとお稲荷さん』 阿部智里
- 『ボールペンを買う女』 大山誠一郎
- 『日常の謎の謎』 辻真先
- 『『サイバー空間におけるデータ同定問題』あるいはネット犯罪量産時代』 一田和樹
- 『囲いの中の日常』 門前典之
- 『カレーライスを注文した男』 岸田るり子
- 『お前は誰だ?』 丸山天寿
- 『世界を見誤る私たち』 穂高 明
- 『名探偵は日常の謎に敵うのかしら?』 相沢沙呼
- 『で、あなた何ができるの?はあ、皇帝だったらたぶん…』 秋梨惟喬
- 『すっぽんぽんでいこう!』 桜木紫乃
- 『右腕の長い男』 麻見和史
- 『坂道の上の海』 七河迦南
- 『彼女は地下鉄でノリノリだった、という話。』 柴村仁
- 『その日常で大丈夫か?』 汀こるもの
- 『成功率百パーセントのダイエット』 小前亮
- 『謎の赤ん坊』 蒲原二郎
- 『一般人の愚痴と疑問』 沼田まほかる
- 『寄る怪と逃げる怪』 高田侑
- 『福の神』 木下半太
- 『マッドサイエンティストへの恋文』 森深紅
- 『私の赤い文字』 大山尚利
- 『となりあわせの君とリセット』 詠坂雄二
- 『美人はなぜ美人なのか』 小川一水
- 『なぜモノがあるのか。』 鈴木光司
- 『この目で見たんだ』 北村薫
- 『運命の糸が赤いのは?』 山下貴光
- 『念力おばさん』 湊かなえ
- 『方向オンチはなぜ迷う?』 山本弘
- 『ゆがむ顔のカルマ』 真藤順丈
- 『子供だけが知っている』 宇佐美まこと
- 『人はなぜ、酒を飲むのか』 薬丸岳







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