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『人喰い映画館』浦賀和宏|日常の謎|webメフィスト
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日常の謎

人喰い映画館

浦賀和宏(うらがかずひろ)

 人喰い。

 それが読者によって私、浦賀和宏に与えられた称号である。

 人喰い作家浦賀和宏。

 その理由はもちろん私が人を喰う小説ばかり書いているからなのだが、中には私が本当に人の肉を喰うと信じる読者もいるようだ。

 果たして浦賀和宏がプライベートでも人を喰っているか否か――それを明らかにするのは本稿の目的ではないので、読者各位のご想像にお任せしたい。

 ウィキペディアでも私の項目には、本人の経歴等に関しては殆ど明かされておらず云々、と記載されている。「人喰いなんて、キャラでしょう? でももしかしたら……」と少しでも読者諸氏に思っていただければ作者冥利に尽きるというものである。

 ところで話は変わるが、皆さんは映画館で映画を観る際、コンセッションで何かドリンクやフードを買うだろうか。

 私は十回映画館に足を運んだら、一回か二回は買うかな……程度である。レイトショー、映画の日、各種割引等々を利用し、今は1800円の正規料金を払って映画を観ることはまったくと言って良いほどない。650円のポップコーンセットを二回買えば、十分に映画一本分の料金にはなる。たまにしか映画を観ないのなら入場料に650円をプラスしてポップコーンとジュースを買うのも良いだろう。しかし毎週二本から三本、場合によってはそれ以上映画を観る私にとって、映画代は馬鹿にならない。映画館にとっては嬉しいお客ではないだろうが、毎回コンセッションでお金を払う気にはなれないというのが本音である。

 それだけ映画を観るのだから、私は地元の映画館ではそれなりに知られた客ではないか。果たして劇場のスタッフは私のことをどんなふうに思っているだろう。

 もしかしたら彼らの目には、私の姿は大分奇異なものに映るかもしれない。毎回違う相手と映画に来ること。そして一人で来た時にしかコンセッションでドリンクやフードを買わないこと。そして――ここが一番重要なのだが、映画が終わった後、必ず一人で劇場を後にすること等だ。彼らはその理由を、あれこれ考えるだろうが真実を突き止めることができる者は恐らくいないだろう。

 彼らにとってはそれは、ある一人の奇妙な客による『日常の謎』に過ぎないのかもしれない。しかしその裏には身の毛もよだつ真実が隠されていたとしたら――。

 さいとう・たかを著『ゴルゴ13』の最高傑作の一つと目される『○○○○○○○』(ネタバレにつきエピソード名は伏せる)において死体をバラバラにしてトイレに流し、人間消失トリックを演出するシーンがある。トリックはAがいる部屋にBが入り、警察が踏み込んだ時には部屋に元々いたAが消失し、Bしか存在していなかったというものである。Bが部屋に入ってから警察が部屋に踏み込むまでが五時間。つまり死体を解体しトイレに流す作業は、五時間以内で行ったのはまず間違いないのである。もしかしたら四時間半かかったのかもしれないし、あるいは一時間半でやってのけたのかもしれない。そして大抵の映画は一部の例外を除き、大体一時間半以上あるものが多い。

 私が映画館で観た最長の映画はセシル・B・デミルの『十戒』(1956年)である。休憩なしで約四時間。それだけあれば死体をバラバラにすることは可能なのではないだろうか。古い映画のリバイバルに満席になるほどお客が入るとは考えられない。最後尾の端の席を前もって予約しておけば、作業に気付かれる心配もない。またそんな古い映画のリバイバルを観ているのは高齢者が多い。嗅覚は聴覚や視覚に比べれば、たとえ高齢者であってもそれほど衰えはみられないと言うが、しかし血の匂いに気付かない方々もいるかもしれない。もちろんお客が多い土日祝日は避け、平日の昼間が狙い目である。

 もし死体の解体を二時間程度で行えるのなら、わざわざ上映時間の長い映画に限定しなくても、最初っからお客が入らなそうな(つまりコケそうな)作品を選ぶのも上手いやり方だ。

 しかし最優先の目的は映画を楽しむことにあるのだから、わざわざ観たくもない映画を観るのは本末転倒である。従って最初からヒットすることが確実なハリウッド大作などは、一人大人しくポップコーンを片手に鑑賞する。つまり該当する作品は、ヨーロッパやアジアなどの上質だが地味で、残念ながらそれほどお客が入らない作品である。どういう訳だか、そういう作品に限って平日の昼間に大きなスクリーンが割り当てられていることが少なくなく、結構狙い目なのである。劇場が広ければ必然的にお客同士は離れるのだから犯行が露見する可能性は低くなる。

 ここまで説明すればお分かりであろう。私が毎回違う相手と映画館に来る真相を。そして必ず劇場から一人で出て来る、その本当の理由を。

 どうか皆さん。映画館に足を運んだ際、背後の暗闇から、バリバリグシャグシャバキバキゴクン(浦沢直樹著 『MONSTER』より)などという音が聞こえても、決して後ろを振り向かないで頂きたい。もちろんあなたが私の熱狂的なファンで、人生最後の日に私と一緒に映画を観に行きたいと願うのなら、その限りではないが。

 ただ困ったことがある。お客が少ない時が狙い目だと先に述べたが、それはつまりレイトショーや映画の日は避ける必要があるということだ。従って1800円の通常料金で映画を観なければならない。この矛盾をどう解消するか、私は未だに答えが見つかっていない。それがこのアイデアを小説にせずエッセイとして発表した本当の理由である。

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