講談社BOOK倶楽部

『ボールペンを買う女』大山誠一郎|日常の謎|webメフィスト
webメフィスト
講談社ノベルス

日常の謎

ボールペンを買う女

大山誠一郎(おおやませいいちろう)

 二十六歳から二十七歳にかけて、京都は三条木屋町のコンビニで夜勤のアルバイトをしていた。夜の十時から翌朝九時まで、一時間の休憩を挟んで実労働十時間。かなりきつかったが、時給は結構よかった。

 三条木屋町は、東西に走る三条通と南北に高瀬川沿いに走る木屋町通が交わるところだ。周辺にはさまざまな遊び場や飲食店が軒を並べている。

 だから、夜の客はそうした店から帰る人々や、バーの従業員やホステスなどが多い。朝になると、出勤途中の勤め人が立ち寄るようになる。

 本当にいろいろな客がいた。明治のコーヒー牛乳しか買わない内田有紀似のホステス、ストッキングを買いに来るバーの黒服、朝方に惣菜パンを大量に買っていく麻雀屋の店員……。

 その中に、不思議な客が一人いた。毎朝八時台に来る二十代末から三十過ぎに見える女性で、地味な服を着て鞄を手にしていたから、出勤途中だったのだろう。眼鏡をかけたごく平凡な容姿だったが、今でもよく覚えているのは、買うものがとても奇妙だったからだ。

 彼女はほぼ毎日、ボールペンを一本、買っていったのだ。

 他の商品も買っていたが、とにかく、ボールペンが一本、必ず含まれていた。

 これはとても奇妙だ。ボールペン一本をわずか一日で使い切るとは考えられない。いったいどういうことなのだろう、と当時、頭を悩ませたものだった。

 彼女は勤め先の備品係で、ボールペンがなくなるたびに購入して補充しているのだろうか。しかしそれなら、領収書を切ってもらうはずだし、そもそも一本ずつではなくまとめて、文具店などで購入するはずだ。

 それとも、勤め先でいじめられてボールペンを隠されたりするので、そのたびに買っているのだろうか。しかし、そんなに頻繁に隠されるのだったら、ボールペンを服のポケットにでもさして持ち歩けばいいはずだ。それなら同僚も手出しできない。

 それとも、副業に通信添削をしていて、ボールペンを一日一本の割合で消費するのだろうか。この場合もまとめて買えばいいとは思うが、近いうちに添削の仕事をやめたいと思っていて、まとめて買うのがいやだったのかもしれない。

 ただし、朝、出勤途中に副業の道具を購入するだろうかという疑問がある。副業の道具は、本業の勤めの帰りに買う方が心理的に納得できるように思う。

 それとも、レジの店員目当て(!)なのだろうか。買うものは何でもよく、とにかく店員とやり取りがしたかったのだろうか。しかしそれなら、ボールペンのように溜まって処分に困るものではなく、食べ物や飲み物のようにすぐに消費できるものを買うはずだ。そもそも、夜勤で疲れ切った顔のむさくるしい男性店員に逢いたいと思うのは、人類が滅んで地球上で最後の一人になった人間ぐらいのものだろう。

 こうして検討してみると、真相は以下の四点を説明できなければならないことがわかる。
(1)なぜ、ボールペンなのか?
(2)なぜ、一本ずつ購入したのか?
(3)なぜ、頻繁に購入したのか?
(4)出勤途中に購入していたから、購入は勤めと関係があるはずだが、それはどんな関係なのか?

 そして最終的に思いついたのが、あの女性客はコンビニの本部に勤めているという説だった。

 コンビニのレジには、客の性別と年齢層を入力する客層キーがある。「男性・20〜29歳」「女性・30〜49歳」というように、性別と年齢層が組み合わせられている。客層キーは精算キーを兼ねており、店員は客一人一人の精算のたびに、その客に該当する客層キーを押す。こうして、購入商品と客層とが結び付けられる。コンビニの本部はこのデータを商品開発や販売戦略に役立てるのだ。

 あの女性客は、本部で客層データを管理する部署にいたのではないか。そして、自分が三条木屋町店でボールペンを買ったとき、どの客層に分類されたのかをチェックしていたのではないか。

 では、その目的は? 店員が真面目に客層キーを押しているか調べるためだったのかもしれない。あるいは、自分がどの年齢層に分類されるかによって、その日の運勢を占っていたのかもしれない。「20〜29歳」に分類されていたら今日はいいことがありそう、「30〜49歳」だったら今日は不調、というように。二十代末から三十過ぎに見えたから、どちらに分類されるかは彼女にとって重要なことだったのかもしれない。

 この説は、先ほど挙げた四点をすべて説明できる。
(1)なぜ、ボールペンなのか? ボールペンは朝の時間帯に買われることが少なく、かつ安いからだ。食べ物や飲み物だったら、朝の時間帯によく買われるから、客層データを見ても、購入者が自分なのか他人なのか区別できないかもしれない。
(2)なぜ、一本ずつ購入したのか? 客層データに自分の購入を記録するには、一本買えば十分だからだ。
(3)なぜ、頻繁に購入したのか? どの年齢層に分類されるかによってその日の運勢を占っていたとしたら、運勢占いは毎日でもやりたいものだからだ。
(4)購入と勤めはどんな関係なのか? 彼女は購入後、勤め先で客層データを見ていたのだ。

 というように、この説はかなり説得力があると思われたのだが、欠点が一つあった。三条木屋町近辺には、コンビニの本部はないのだ。あの女性客が本部に勤めていたということはありえない。

 結局、彼女の行動の意味は、十四年経った今もわからないままである。

Backnumber

My Precious講談社ノベルス 立ち読みメフィスト あとがきのあとがき 日常の謎
メフィスト賞とは?