湊かなえ(みなとかなえ)
わたしの家の裏は空き地になっています。先日、郵便を出すためにそこを横切っていると、小学校低学年の女の子が三人でしゃがみこんで遊んでいました。
「何してるの?」と訊ねると、「シロツメクサをとってるの」とかわいらしい返事がありました。なつかしいなあと思いながら、こんなことも訊いてみました。
「四つ葉捜しはしないの?」
「何それ」
軽くショックを受けました。クローバーの葉の枚数も知らないと言うのだから。でも、興味は持ってくれました。
クローバーの葉っぱは普通は三枚だけど、ときどき四枚のもあって、それをみつけると、願いごとが叶うんだよ。そう説明すると、みんな目をキラキラさせながら「ほしーい」と言い出しました。
「どうやってみつけるの?」
そんなの地道に捜すだけじゃん、とは思ったものの、天気もよく、ひと仕事終えた解放感で気分がかなりハイになっていたこともあり、こんなことを言ってしまいました。
「念力に決まってるじゃん」
「念力? すごい! どうやるの?」
嘘じゃん、なんていう子どもはいません。キラキラ十倍増しでわたしを見ています。まあ、失敗してもご愛敬かな。なーんちゃって、とか言ってごまかして、あとでアメでもあげよう。そんなふうに思いながら、神妙な顔をして「念力レクチャー」を始めました。
「クローバーの前に座って、目を閉じます。頭の中で願いごとを三回唱えて……えいっ」
目を閉じたまま、クローバーを一本つかんでとりました。そして、目を開けると――わたしの右手には、四つ葉のクローバーが!
子どもたちから拍手喝采がおこりました。でも、一番驚いたのはわたし自身です。すごいよ、わたし。今ならなんでもできそうな気がする。
「おばちゃん、それちょうだい」
一人の子が言いました。絶対にダメ。「おばちゃん」が癪にさわったからではありません。惜しかったからです。今すぐ家に帰って本のあいだにはさんで、願掛けをしたい。こんなことなら本当に願いごとを三回唱えていればよかった。まったく、なんて大人げないおばちゃんでしょう。
「ごめんね。ホントはみんなに一本ずつ捜してあげたいけれど、自分で捜さなきゃ願いごとは叶わないから、がんばってね」
そう言って、さっさと家に戻っていきました。届いたばかりの新刊『贖罪』を開き、ティッシュを敷いて四つ葉を丁寧に置き、願掛けしながらゆっくりと閉じました。
ああ、今日はいい日だ。ところでわたしはどうして外に出たんだろう。そうだ、郵便だ。本来の用事を思い出し、もう一度外に出ました。あの子どもたちにあげようと、アメもいくつかポケットに入れて出ました。
空き地に入ると、子どもたちがかけよってきました。
「念力がつかえない!」
怒ってる子、泣き出しそうな子、実際に泣いてる子、三人がわたしを取り囲み、必死に訴えてきます。
「どうやったら、念力が使えるの?」
あれは出任せなのだ、実はおばちゃんもびっくりしたのだ。真剣なまなざしに向かい、そんなことは言えません。
「念力っていうのはね、修行が必要なんだよ。いっぱいお勉強したり、お手伝いをしていくうちに身に付いていくと思うから、がんばってね」
子どもたちは納得していない様子でしたが、全員にアメを握らせ、「じゃあ、おばちゃんは忙しいから」と逃げるようにその場を去っていきました。
四、五人で一人ずつ小さなボールを持って遊んでいると、「ちょっと貸して」と全員からボールを集め、見事なジャグリングを披露してくれたおじさん。すごいなあ、と感心したけれど、一番驚いていたのは、実は、おじさん自身だったかもしれないな。
ところが――郵便を出し終えた帰り道、またもや子どもたちに取り囲まれました。でも、みんなの目は行きとまったく違います。
「念力できたよ」
「もう、ラクショーだよね」
「カンタン、カンタン。四つ葉なんて、たいしたことないよね。ほら」
子どもたちの手には四つ葉、五つ葉、六つ葉がそれぞれ握られていました。最高に誇らしそうな顔です。
「おばちゃん、五つ葉の念力は使える?できないんだったら、わたしのあげようか? でも、自分でとらなきゃダメなんだよね」
四つ葉しかとれなかったわたしに同情するような言葉までかけてくれる始末です。「ありがとう」とお礼を言い、「家に持って帰って、一番好きな本にはさんでおいたら、お守りになるよ」と教えてあげました。
「じゃあ、わたし、『100万回生きたねこ』」
嬉しそうにお気に入りの本の題をあげながら帰っていく子どもたち。気付かれないようにさりげなくしゃがみこみ、クローバーをじっくりと眺めてみたけれど、五つ葉、六つ葉どころか、四つ葉も見つけることができませんでした。
あの子たちは本当に念力が使えるようになったのかもしれない。
家に帰って大人に報告すると、「本を書いている調子のいいおばさんに騙されたのだ」と言われたりするかもしれないけれど、クローバーに込めた念力は本物で、願いごとも叶ったりするんだろうな、と心からうらやましく思いました。
- 『腐れ縁』 最東対地
- 『九本指』 山吹静吽
- 『忘れられた犯人』 阿津川辰海
- 『ささやき』 木犀あこ
- 『普通と各停って、違うんですか』 山本巧次
- 『雨の日の探偵』 階 知彦
- 『神々の計らいか?』 吉田恭教
- 『虫』 結城充考
- 『監禁が多すぎる』 白井智之
- 『チョコレートを嫌いになる方法』 辻堂ゆめ
- 『銀河鉄道で行こう!』 豊田巧
- 『方向指示器』 小林泰三
- 『庭をまもるもの』 須賀しのぶ
- 『寅さんの足はなぜ光る』 柴田勝家
- 『脱走者の行方』 黒岩 勉
- 『日常の謎の作り方』 坂木 司
- 『味のないコーラ』 住野よる
- 『鍵のゆくえ』 瀬川コウ
- 『彼らはなぜモテるのだろうか……』 市川哲也
- 『やみのいろ』 中里友香
- 『インデックス化と見ない最終回』 十市 社
- 『文系人間が思うロボットの不思議』 沢村浩輔
- 『街道と犬ども』 石川博品
- 『沖縄のてーげーな日常』 友井 羊
- 『ジャンルという名の妖怪たち』 ゆずはらとしゆき
- 『カロリー表示は私を健康に導くのか』 秋川滝美
- 『終電を止める女』 芦沢 央
- 『女子クラスにおける日常の謎』 櫛木理宇
- 『IBSと遅刻癖』 岡崎琢磨
- 『シューズ&ジュース』 青崎有吾
- 『キャラが立つとは?』 東川篤哉
- 『「源氏物語」のサブカルな顔』 荻原規子
- 『そこにだけはないはずの』 似鳥 鶏
- 『『美少女』に関する一考察』 加賀美雅之
- 『食堂Kの謎』 葉真中顕
- 『寒い夏』 ほしおさなえ
- 『人喰い映画館』 浦賀和宏
- 『あやかしなこと』 平山夢明
- 『あなたの庭はどんな庭?』 日明 恩
- 『日常の謎がない謎』 小松エメル
- 『影の支配者』 小島達矢
- 『「五×二十」』 谷川 流
- 『グレープフルーツとお稲荷さん』 阿部智里
- 『ボールペンを買う女』 大山誠一郎
- 『日常の謎の謎』 辻真先
- 『『サイバー空間におけるデータ同定問題』あるいはネット犯罪量産時代』 一田和樹
- 『囲いの中の日常』 門前典之
- 『カレーライスを注文した男』 岸田るり子
- 『お前は誰だ?』 丸山天寿
- 『世界を見誤る私たち』 穂高 明
- 『名探偵は日常の謎に敵うのかしら?』 相沢沙呼
- 『で、あなた何ができるの?はあ、皇帝だったらたぶん…』 秋梨惟喬
- 『すっぽんぽんでいこう!』 桜木紫乃
- 『右腕の長い男』 麻見和史
- 『坂道の上の海』 七河迦南
- 『彼女は地下鉄でノリノリだった、という話。』 柴村仁
- 『その日常で大丈夫か?』 汀こるもの
- 『成功率百パーセントのダイエット』 小前亮
- 『謎の赤ん坊』 蒲原二郎
- 『一般人の愚痴と疑問』 沼田まほかる
- 『寄る怪と逃げる怪』 高田侑
- 『福の神』 木下半太
- 『マッドサイエンティストへの恋文』 森深紅
- 『私の赤い文字』 大山尚利
- 『となりあわせの君とリセット』 詠坂雄二
- 『美人はなぜ美人なのか』 小川一水
- 『なぜモノがあるのか。』 鈴木光司
- 『この目で見たんだ』 北村薫
- 『運命の糸が赤いのは?』 山下貴光
- 『念力おばさん』 湊かなえ
- 『方向オンチはなぜ迷う?』 山本弘
- 『ゆがむ顔のカルマ』 真藤順丈
- 『子供だけが知っている』 宇佐美まこと
- 『人はなぜ、酒を飲むのか』 薬丸岳







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