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『方向オンチはなぜ迷う?』山本弘|日常の謎|webメフィスト
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日常の謎

方向オンチはなぜ迷う?

山本弘(やまもとひろし)

 もう十何年も前になるが、神戸のJR三ノ宮駅から北に400メートルほどの交差点にある歩道橋の上で、50歳ぐらいのおばさんから、「三ノ宮駅はどっちですか?」と訊ねられたことがある。

「あっちですよ」と僕が真南を指差すと、驚いたことにおばさんは、「あっちですね?」と南東を指差した。僕はおばさんの腕をつかんで右に45度回転させ、「いえ、あっちです」と正しく真南の方向を教えてあげた。

 おばさんと別れ、歩道橋を渡りきってから、気になって交差点の反対側を振り返った。すると、やはり歩道橋を降りたおばさんは、僕の指示に反し、南西に向かって歩いてゆくではないか! あれではJRと平行に歩くことになり、絶対に駅に着かない。

 さすがに逆戻りして間違いを訂正するのも面倒だったので、そのまま立ち去ったのだが、見知らぬおばさんに「あの男に嘘を教えられた」と逆恨みされたのではないかと、今でも気になっている。

 こうした方向オンチの人は身近にもいる。僕の妻と娘だ。

 妻の場合、方向オンチは母親ゆずり。母親と梅田に出かけ、阪急百貨店梅田店からアクティ大阪に行こうとして、どうしてもたどり着けなかったという逸話がある。どちらも大阪駅前にあり、100メートルほどしか離れておらず、肉眼で見えているのに、どうやって迷えるのかが不思議だ。

 今年中学1年になった娘は、電車で学校に通うのに、自宅から最寄り駅までの徒歩15分ほどの道がなかなか覚えられなかった。街路は碁盤目状で、曲がりくねってなどいないというのに。

 駅から家に帰ろうとしても、まずどの改札から出ればいいか、改札を出たらどっちに行けばいいかが分からない。「慣れへん場所はよう分からん」とぼやく――もの心ついてから、もう100回は利用しているはずの駅なのに。

 妻や娘の行動を見ていると、なぜ方向オンチは道に迷うのか、なぜ方向オンチは治らないのかが分かってきた。

【1】脳内マップが『ウィザードリィ』

 普通の人は街を歩く時、頭の中に固定したマップを思い描き、その中で自分のキャラクターを東西南北に移動させることで現在位置を把握している。いわば『ドラゴンクエスト』方式である。

 ところが方向オンチの人は、自分の視点を固定したままマップの方を動かす『ウィザードリィ』方式らしい。角で曲がるたびにマップがぐるんと回転するので、すぐに自分がどっちに歩いているのか分からなくなるのだ。

【2】自分の直感に自信を持っている

 これが不思議なのだが、方向オンチの人は、方向オンチであることを自覚しているにもかかわらず、自分の方向感覚を疑わないらしいのだ。

 こんなことがあった。妻が病人の見舞いに行こうとして、不慣れな街で通行人に病院への道を訊ねた。通行人は「この道をまっすぐ歩けば病院の看板が見えてきますよ」と教えてくれた。

 にもかかわらず、妻は迷って、ぜんぜん違う方向に行ってしまった。というのも、途中にあった交差点で、「ここで右に曲がれば着くはず」と直感し、曲がってしまったのだという。

 なぜ地元の人の指示より自分の直感を信じるのか、僕には理解できない。

【3】地理に興味がない

 方向オンチの人は、そもそも地理に興味を抱かない。

 これも妻のエピソードだが、やはり方向オンチの友達と大阪から奈良に観光に行こうとして、わざわざ京都駅で待ち合わせしたことがある。大阪――京都――奈良が一直線に並んでいて、大阪からは京都を経由しないと奈良に行けないと思っていたのだ。

 当然、世界地図の知識もかなり怪しい。世界地図を見せて、「新婚旅行で行ったフロリダはどこ?」と質問したら、妻は自信たっぷりにメキシコを指差した。

 一度、「なあ、デンマークっていつ名前が変わったん?」と言ったのでびっくりした。

世界地図のグリーンランドのところに、『グリーンランド(デンマーク)』と書いてあったので、デンマークがグリーンランドという名前に変わったと思ってしまったのだ。いやはや。

【4】目印を覚えない

 娘の方向オンチを克服させようと、訓練したことがある。

「道の左右にある特徴的な目印を覚えておくのが迷わへんコツや」と教え、街を歩かせた。ところが娘が目印に選んだのは、「コンビニ」「道路標識」「白いビル」などという、どこにでもあるものばかり。しまいには「停まっている車」を目印にしようとする。「あんなもん、動き出したら終わりやろ!?」と叱ると、「えー、せっかく覚えたのに」と不満そうにしていた。

【5】迷うことを苦にしていない

この理由が最も大きい。

 僕にとって道に迷うというのは大変なことで、何としてでも避けたい事態である。だが、妻や娘にとってはそうではない。迷うのが当たり前になっていて、まったく苦にしていないのだ。

「適当に歩いてればそのうち着くやん」「迷うのも楽しいよ」と妻は言う。苦にしていないのだから、「努力して方向オンチを治そう」などと思うわけがない。

 僕の身の回りの少数のサンプルだけで断定するのはためらわれるが、方向オンチの人にはどうも楽天的な性格の人が多いような気がする。

 彼らは方向オンチであることを楽しんで生きているようだ。

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