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『希望と殺意はレールに乗って アメかぶ探偵の事件簿』山本巧次
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あとがきのあとがき

希望と殺意はレールに乗って アメかぶ探偵の事件簿

『希望と殺意はレールに乗って アメかぶ探偵の事件簿』

山本巧次(やまもと こうじ)

profile

1960年、和歌山県生まれ。第13回「このミステリーがすごい!」大賞隠し玉となった『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』で2015年にデビュー。2018年『阪堺電車177号の追憶』で第6回「大阪ほんま本大賞」受賞。著書に「開化鐡道探偵」シリーズ、『途中下車はできません』、『軍艦探偵』などがある。現在、鉄道会社に勤務。

 我田引鉄がでんいんてつ、という言葉がある。我田引水をもじって、政治家などが自分の選挙地盤に鉄道路線を誘致することを揶揄やゆしたものだ。

 明治めいじの後半から昭和しょうわの半ばにかけて、陸上輸送と言えば鉄道が主役であった。自家用車がちまたあふれだすのは昭和も四十年代になってからであり、戦前は東京・大阪周辺を除いてまともな舗装道路もなく、名神めいしん高速道路を作るための調査に来た世界銀行の調査団をして「工業国にしてこれほど完全にその道路網を無視してきた国は日本の他にない」と言わしめる有様。そんなところを重量級のトラックが何千台も走れるわけがなく、モノを運ぶのは鉄道か船しかない。

 物流がなければ産業は育たない。地域を発展させるには、何が何でも鉄道が必要だ、という話になる。鉄道は誰が作るのか。戦前なら鉄道省、戦後は国鉄だ。だが、どこに路線を敷くかを決めるのは、国会のセンセイ方である。鉄道敷設法という法律に、作ってほしい路線を書き込んでもらわなくてはいけない。さあ、陳情合戦だ。先生、うちの村に路線を持ってきて下さい。いやうちの村の方を通して下さい。こうなると先生の方も、魚心あれば水心。かくて鉄道は政治利権となり、数々のスキャンダルが生み出されるのである。

 今回の作品は、そんな利権をめぐり、村が二つに割れて鉄道路線誘致の綱引きをする中で事件が起きる、という設定である。場所をどこにしようかとあちこち考えたが、生臭なまぐさい事件との対比で、山々の雄大で美しい風景をバックにしたくて、信州しんしゅうを選んだ。作中では、恵那えな線と中津川なかつがわ線という二つの建設予定線が出てくる。恵那線は私の創作だが、中津川線は本物だ。実際に着工されたが途中で中止され、今も作りかけのトンネルや路盤が残っている。この付近にある昼神ひるがみ温泉は、鉄道の工事中にたまたま掘り当てられた温泉だそうだ。もし開業していたら、名古屋なごや飯田いいだ間の急行電車くらいは走っただろうが、中央道ができてからは大赤字のお荷物ローカル線に転落していたに相違ない。

 時代は鉄道がまだまだ主役を張っていた昭和三十年代前期。戦争の記憶も新しい頃の山村ということで、横溝正史よこみぞせいし風だが、主人公たちのキャラクターはそういう空気感とは真逆で、おどろおどろしくなりそうな舞台設定を、最初からぶち壊しにかかっている。戦前の古い価値観と、戦後の新世代の価値観の対決を象徴するような組み合わせだ。ただしライトなテイストにしたので、かなりぶっ飛んだキャラにはなっているのはご容赦のほどを。

 さて、我田引鉄でばたばたと作られたローカル線は、国鉄改革の地方交通線廃止で多くが整理されてしまった。あんなに熱心に陳情を繰り返し、開通式の日には村じゅう総出で、日の丸の小旗を振って歓喜の声を上げたのに、みんなクルマに移って誰も乗らなくなってしまったのだ。薄情と言えば薄情だが、時代とはそういうものだろう。

 だがローカル線は消えても政治利権は消えない。新幹線へ、高速道路へ、空港へと対象を移して、今も綱引きを繰り返している。それゆえ希望と殺意は、いつになってもどこへでも現れ、ミステリのネタは尽きないのである。

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