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『ミッドナイツ』山口雅也
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あとがきのあとがき

ミッドナイツ

『ミッドナイツ』

山口雅也(やまぐち まさや)

profile

神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学法学部卒業。1989年に『生ける屍の死』で長編デビュー。1995年に『日本殺人事件』で第48回日本推理作家協会賞を受賞。長編デビュー前の1984年から多種多彩な媒体で発表していた短編や中編など、合わせて42編を初収録した大著『ミッドナイツ』を刊行。

「てえへんだ、てえへんだー!」
「なんだね、騒々しい」
「いや、先生の新刊が三社から続々と刊行されるって聞きましてね。こんなの天地開闢以来の珍事ですよっ」
「天地開闢以来というのは大袈裟だが……まあ、一九三四年のエラリイ・クイーンみたいな豊穣の年ではあったな。今年、二〇一九年は、私にとって、長いキャリアの中でも惑星直列の年だったわけで
「惑星直列?」
「〇〇周年記念出版というのが、たまたま、今年に集中した」
「長編デビューの『生ける屍の死』が、確か一九八九年でしたから
「それで、執筆三十周年記念ということで、光文社から『生ける屍の死 永久保存版』が出ることになった」
「永久保存版? 最近よくある愛蔵版じゃないんですか?」
「ふむ、並みの愛蔵版とは、ちと違う造りでな。資料性重視というか、執筆秘話も文庫版とは違う語り下ろしの新版を付けたし、そこには、デジタル化されていない貴重なアナログ時代の画像データも入れ込んである」
「その画像データの中身は?」
「『生ける屍の死』の手書き生原稿とか、『生ける屍』の別ヴァージョンについて記したアイディア・ノートとか、当時の未発表原稿とか……
「そりゃ、楽しみだ。あの作品に別ヴァージョンなんて、あったんですか?」
「ああ、初期ヴァージョンではキッド・ピストルズの主役や女性一人称にすることも考えておった。そうしたことの詳細は執筆秘話で大いに語っておるよ」
「なるほど。で、先生以外の執筆陣は?」
「ああ、豪華だよ。SF界の新井素子先生、将棋界の元竜王、糸谷哲郎八段、立命館大大学院の小泉義之教授、中国ミステリ界の新星陸秋槎先生、そして、序文に日本推理作家協会代表理事の京極夏彦先生と……
「そりゃ、凄い。ミステリ界に留まらない、新鮮な面々ですね」
「そこが、並みの愛蔵版と違うところだよ」
「中身がそうだとすると、造本のほうも?」
「もちろん、凝りに凝っておる。装幀は坂野公一画伯にお願いして、メアリー・シェリーが子供のころ読んでいた十八世紀風のハードカヴァーを想定して
「なんと! メアリー・シェリーって、あの『フランケンシュタイン』の作者の?」
「そうだよ。あの文学史上に残る香ばしいエピソード十九世紀初頭、詩人バイロン卿の提案で行われた、スイス・レマン湖畔のディオダティ荘の怪奇談義《皆で一つずつ怪奇譚を書こう》を受けて、バイロンは短い詩を書き、メアリー・シェリーは『フランケンシュタイン 或いは現代のプロメテウス』を書き、バイロンの主治医ポリドーリは『吸血鬼』を書いた」
ってことは、造本面では、ディオダティ荘怪奇談義から約二百周年記念ってことになっちゃうじゃありませんか!」
「ん? 大まかには、そういうことにもなるかな。だが、造本面では更に凄いことになっていて、坂野画伯が私の要望を上回る装幀アイディアを出してくれてな。この十八世紀本を入れる函なんだが
「函ですか?」
「うん、その函が、棺を想定したデザインになっておるという……
「おお、それじゃ、棺桶の蓋を開けると、『生ける屍』本体が甦るということに!?」
「そう、二百年の時を超え、ディオダティ荘の怪奇談義の面々も震え上がる怪奇造本ということになるわな」
「なるほど、永久保存版と言うに相応しいご趣向ですね。で、次の講談社の『ミッドナイツ』も、坂野画伯の装幀ですが
「今年出した本に限らず、ここ数年の私絡みの本はすべて坂野画伯に装幀をお願いしておる」
「『ミッドナイツ』の中身の方のデザインも坂野画伯なんでしょ。ごっそり画像データが入っていて、ずいぶん豪勢な造本ですね」
「ああ。坂野画伯の事務所《welle design》で、ブツ撮りに立ち会ってきたんだが、百点近くの写真撮影を敢行した」
「なんでまた、そんなにたくさん?」
「いや、『ミッドナイツ』は、私が最初の小説を発表した八四年から『生ける屍の死』前夜の八八年までの創作仕事を集成したものなんだが、それらの作品の発表媒体が、すべてデジタル化されていないものばかりなんでね」
「ああ、噂に聞いた、あの超有名作家とのコラボ仕事の誌面も拝めるとか……
「そうだね、アレは、国会図書館でも欠落している貴重な資料だからね」
「つまり、講談社「M」シリーズ第四弾というだけでなく、《狂騒の八〇年代》カルチャーを俯瞰できる資料集の意味合いもあるというわけですね」
後世にそう評価されることを強く望むものであーる。八〇年代取り分け《バブル》期文化でネット検索をかけても《オタク文化》ぐらいしか、出てこん惨状があるからな。《狂騒の八〇年代》を駆け抜けた身としては、そうじゃないですよ、爛熟した面白文化がありましたよってことをこの本で主張したいわけだ」
「大きく出たね、どうも。国会図書館さん、書架あけといてください。しかし、まあ、コラボの相手が、吉田カツ、細野晴臣、布袋寅泰、加藤和彦、岡田眞澄、それに、カクテルや韓国ロッテワールドまで……八〇年代文化を象徴する人や物ばかりですからね」
「今回の『ミッドナイツ』は、コラボ相手や懐古趣味ばかりがウリではないぞ」
と、言いますと?」
「『生ける屍の死 永久保存版』の執筆秘話インタビューのために、三十年ぶりにウチの収納庫を開錠したところ、自分で書いたことも忘れていた作品や未発表原稿が、ごっそり出てきてな」
「ほう、そこでまた、惑星直列現象ですか? して、その中身は?」
「まず、完全未発表の心理スリラー『夢魔で逢えたら』、コルタサルを射程に入れて《スイングジャーナル》誌に書いたジャズ小説『鳥を飼う男』、《BRUTUS》誌の韓国ソウル特集に書いた純正SFの『ソウル・マジックを信じるかい?』、戯曲の『FUAN FUAN氏の真夜中の島』の四編は、『ミッドナイツ』のコンテンツ決定後に発見されたもので
「え? その台割決定の時点で四百頁を超えていたとか聞いていますが?」
「うむ、そうなんだが、『ミッドナイツ』に関わる新旧三人の名編集者、都丸尚史(講談社)、藤原義也(実務担当)、森永博志(オリジナル版編集長)の『面白かった、収録しましょう』という言葉に背中を押されて、『鳥を飼う男』以外の三編については、二倍、三倍の長さに全面加筆・改稿した結果、『ミッドナイツ』の目玉作品ということに相成った。……まあ、作家冥利に尽きるというか……こんな成り行きになろうとは、私の長い物書き人生の中でも初めての経験なのでね」
「なるほど、そういうわけで、作家生活三十五周年記念デラックス・エディションの大著降臨(Ⓒ都丸尚史)生ける屍と化していた作品が甦った、と。感動的なエピじゃありませんか」
「惑星直列の年ならではだな。本というものは、時宜を得て、編集者を得れば、最善のかたちで出せるということなんだろう」
「惑星直列と言えば、原書房から出た《奇想天外の本棚》の『八人の招待客』Q・パトリックの翻訳の帯には「〇〇記念」とか謳ってませんが、アレは?」
「よくぞ聞いてくれました。アレは……翻訳生活四十五周年記念」
「え? そんな以前から翻訳してたんですか?」
「いや、商業ベースでやったのは、今回が初めてだが、私が初めて翻訳をしたのが、高校生の時分で、それに基づいて書いたエドワード・D・ホック論が『ミステリ・マガジン』に載ったのが、七四年の八月号。これは翻訳がそのまま載ったわけではないから、精確に言うと、署名原稿歴物書き生活四十五周年ということになるんだが、言葉として座りが悪いから、翻訳生活四十五周年ということにしておいた。……まあ、大学入学後も、当時未訳だったジャック・フットレルやその他の作家の翻訳を、ノートにせっせと記していたのだから、ここは大目に見てもらいたい」
「それじゃ、久方ぶりの翻訳ということで、ご苦労されたんじゃないですか? 経年劣化でビリビリに破れた《EQMM》誌の写真、ツイッターで見ましたよ」
「ああ、あれには、まいったね。だがね、物書きなんてものは、自分にとって新鮮な仕事には夢中になれるから、やっている間は楽しくさえあったんだが、二ヵ月の短期間で二冊翻訳というのは、体力的にちとキツかった」
「翻訳秘話なんてのも、あるんでしょ?」
「あるよ。今回の翻訳作業によって、私はパトリック・クェンティンの五人目の共作者になってしまった」
「え?」
「今回のQ・パトリックの二作、一読いい作品と思ったから訳したんだが、精読してみると、作者のミスと思われる記述それもプロットに関わる重大な矛盾が数ヵ所見つかったんだ。それで、クェンティンならこう手当てするだろうと、作家の立場になって一パラグラフ分を加筆して、筋が通るようにした。だから、私は翻訳者であると同時に、微力ながらクェンティン五番目の共作者の役回りもしたというわけ」
「役回りと言えば、裏表紙に《製作総指揮》となっていますが?」
「うん、あれは、アメリカの人気犯罪ドラマのひそみに倣ってのことだ」
「ああ、ああいう何シーズンも続く高視聴率のドラマは、脚本家が製作総指揮を兼ねていたりしますもんね」
「そう、脚本家が製作総指揮の地位にいれば、映像製作のすべての面に目配りできるそれだからこそ、毎エピソード面白く何シーズンも続くドラマ・シリーズができるわけだ。そんなわけで、その方式を《奇想天外の本棚》叢書でも試してみることにした」
「そう言われれば、《奇想天外》の装幀も全部坂野画伯ですね」
「ここのところ、《welle design》には、日参しとるよ。ふつう、叢書の《監修》ということなら、作品選定ぐらいで終わってしまうところだが、今回私は、装幀家、訳者選定・手配から、前説、帯のリードに至るまで、本造りのすべてにおいて目配りすることにした。まあ、《ミステリーゾーン》におけるロッド・サーリングを気取ってみたわけだ」
「なるほど……ところで、帯で思い出しましたが、『八人の招待客』の帯裏には、光文社の『生ける屍の死 永久保存版』と講談社の『ミッドナイツ』の近刊予告が載ってましたね。あれは?」
「よくぞ、訊いてくださいました!」
「ええ、こんなことは出版界でも前代未聞のことだと思ったもんで……
「そうだよ、その前代未聞の事態が、今回の《惑星直列問答》の話の肝なんだ」
「つまり、山口雅也という惑星の前に直列した三社が共闘して、パブリ展開をするという?」
「そう、帯裏に他社の近刊予告を載せたり、光文社の《ジャーロ》に『ミッドナイツ』収録作品を載せる、そのお返しに講談社の《メフィスト》に光文社と原書房関連の記事を載せる……さらに、全冊出揃ったところで、《山口雅也フェスティバル》なる三社合同イヴェントを開催してくれることも決まっておる」
「《山口雅也フェス》!」
「これはウッドストック・フェスティバル五十周年にちなんで……
「ちょい待ち、ウッドストックはカンケーないでしょが!」
「お、おうよ。『ミッドナイツ』に登場するドアーズはウッドストックに出とらんしな。つい調子に乗ってしもうた」
「ともかく、音羽グループ+原書房が三国同盟を組むわけですね」
「いや、三国同盟のようなキナ臭いものではない。三社に他社と敵対する気はないんだよ。強いて敵を措定するなら、《本が売れない》宇宙のブラック・ホールかな。その超重力に吞み込まれないよう、三惑星の重力を結集して対抗しようと
「おっと、先生の屁理屈はそこまでにしといてください。アタシもブラック・ホールの超重力に吞み込まれないうちに、書店へ宇宙船でひとっ飛びと行きましょう」

令和元年十一月 魅捨理庵にて

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