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『法廷遊戯』五十嵐律人
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法廷遊戯

『法廷遊戯』

五十嵐律人(いがらし りつと)

profile

1990年岩手県生まれ。東北大学法学部卒業。司法試験合格。『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞を受賞し、2020年7月デビュー。

 あった。

 数年前のとある日。司法試験に合格したことを検察庁の掲示板で確認した僕は、仙台せんだいから松島まつしまに向かう電車に揺られた後、防波堤に座りながら、ぼうっと海を眺めていた。

 これから、どうしようかな。

 いわゆる燃え尽き症候群的なものだったのかもしれないけれど、法律学に対する熱意が消失していた。

 いつのまにか、法律家になることより、司法試験に受かること自体が目標にすり替わっていたらしい。手段の目的化なんて、愚かな思考パターンだ。

 もう一度、何かにチャレンジしたい。

 高校、大学、ロースクール。今までの肩書は数年で変わったのに、このまま法律家になったら何十年も同じ景色が続くんじゃないか。そんなことを考えたら憂鬱ゆううつな気分になって、その年の司法修習には行かず、なぜか小説を書き始めた。

 鏡だらけの矯正施設のクローズドサークル、遺伝子マップを模したSNS……

 いろんなテーマに手を出して、自分なりのミステリーを模索した。結果的に辿たどり着いたのは、リーガル(法律)をメインに据えたミステリーで、つまりは昔(数年前)取った杵柄きねづかにすがったわけである。

 そんなこんなで『法廷遊戯』を書き上げた一方、裁判の流れや刑法の知識を確認するために資料を読み込んでいるうちに、やっぱり法律って奥が深くて面白いなと再認識して、数年遅らせた司法修習にも参加するに至った。

 物語をつむぎながら、法律家としても生きていこう。

 二足の草鞋わらじを履いて、ようやく手段の目的化から脱することができた……かもしれない。少なくとも、小説についてはデビューで燃え尽きたなんてことはなく、書きたい物語が頭の中に渦巻いている。

 『法廷遊戯』の書評で、大矢博子おおやひろこさんに「本格とリーガルと青春の高濃度ハイブリッド」と評していただいた。実際、本格・リーガル・青春の三要素をどう配分するかはストーリーを考えるときに意識していることで、『法廷遊戯』ではタイトル通りリーガルの割合が高い。初稿が書き上がっている二作目は、少年犯罪と神経犯罪学を組み合わせたミステリーで、青春の割合が高くなっている。それなら三作目は……、ということで、変化球気味の本格要素が入ったミステリーを書き進めているが、これが形になるかはわからない。

 抱負だけではなく課題も掲げると、タイトルを考えるのが苦手でいつも苦しんでいる。『法廷遊戯』の場合は、メフィスト賞応募時は『無辜むこの神様』で、そこから『罪と罰のエンドロール』、『僕には罰を、君には罪を』、『君に捧げる終幕の罰』……と、大量のボツを積み重ねていった。改めて目を通したら、こじらせたタイトルばかりで驚いた。

 法律や裁判に対して苦手意識を持つ原因は、無味乾燥な条文や学問としての堅苦しさにあるのではないだろうか。僕が小説を書くことで、社会の根底に流れる法律に興味を持つ人が少しでも増やせたら、作家の卵としても法律家の卵としても、とても幸せだなと思う。

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