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『蜂に魅かれた容疑者』大倉崇裕
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あとがきのあとがき

 蜂に魅かれた容疑者

『蜂に魅かれた容疑者』

大倉崇裕 (おおくら たかひろ)

profile

学習院大学法学部卒業後、一九九七年に作家デビュー。『福家警部補の挨拶』は二〇〇九年、一四年にTVドラマ化された。著書に『小鳥を愛した容疑者』(講談社)など。

「今度は長編でいきませんか?」

担当さんの提案に、その場ですぐその気になり、動物の選定を始めた。短編で書くのであれば、ペンギンとかウツボカズラにしようと決めていたのだが、さすがに、長編一本をペンギンやウツボカズラで支えきるのは厳しい。何か、もっと凶悪なヤツはいないかと図鑑をめくった。

ワニ。こいつはなかなかにいい。現実社会でも問題になっている。顎の力は生物ナンバーワンだ。こんなヤツが都会に這いだしてきたら、大変なことになるに違いない。よし、ワニで行こうと半ば、決めていた。

だが、どう頭を捻っても、物語が膨らまない。たしかに、ワニは凶暴で強いが、それはあくまで個対個の場合だ。何百匹も出てくればともかく、一匹、二匹では、人間様にかなわない。

より凶悪で行動範囲が広く、人の生活をダイレクトに脅かすような存在はないか。

そんなとき、ふと思いだしたのが、会社員時代に先輩から聞いた話であった。無類の釣り好きであった先輩は、釣りの最中、土中の蜂の巣を踏み抜いたことがあったという。気づいたときには蜂に取り巻かれ、身動きがとれなくなっていた。彼は咄嗟の機転で川の中に飛びこみ、九死に一生を得た。本気で死を覚悟したそうだ。

それだ、蜂だ。一匹一匹が毒針を持ち、必要とあらば集団で襲ってくる。そして何より羽があり、縦横無尽に飛び回る。こいつはかなりやっかいだ。

手応えを得て、さっそく蜂について調べ始めた。

このシリーズでは今までに、ヘビ、カメ、フクロウなどを扱ってきた。どの動物も、調べれば調べるほど、愛着がわき、飼っている人の気持ちがよく理解できた。

ところが、この蜂だけはどうにもならない。ミツバチはともかく、スズメバチ、オオスズメバチを知れば知るほど、恐怖感ばかりが増してくる。愛着どころの騒ぎではない。行きつけの喫茶店で蜂の本を読んでいたら、横にいた女性が気味悪がって、席を移るくらいのインパクトだ。

本作の中で、薄圭子は躊躇なく蜂を「駆除」する。動植物、昆虫をこよなく愛する彼女が、そんなことをするはずがない、共存の道を模索するはずだ、と思う人もいるだろう。でも私には、そうする薄圭子しか描くことができなかった。蜂はそれほどに恐ろしい。



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