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『貌のない貌 梓凪子の捜査報告書』松嶋智左
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あとがきのあとがき

貌のない貌 梓凪子の捜査報告書

『貌のない貌 梓凪子の捜査報告書』

松嶋智左(まつしま ちさ)

profile

1961年生まれ。大阪府在住。元警察官。日本初の女性白バイ隊員でもある。退職後小説の執筆を開始し、2005年に北日本文学賞。2006年に織田作之助賞を受賞。2017年「魔手」で第10回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞。加筆・改題した『虚の聖域 梓凪子の調査報告書』でデビュー。

 「平成」最後の年に、わたしにとって二冊目となる本が刊行されます。
昨年の『うつろの聖域 梓凪子の調査報告書』のシリーズものになりますが、今回はヒロインである女探偵の凪子が、警察官であったときの話です。
ですので、梓凪子の『調査報告書』が今回は、『捜査報告書』となります。

 ヒロインは刑事になってまだ半年。二十代半ばの新米が、右往左往しながらも頑張る姿を書きました。足が速いのだけが取り柄の凪子ですが、今作でも縦横無尽に走り回ります。遭遇する事件や展開は前作よりもパワーアップし、同僚や上司らも登場して若い凪子の魅力を引き出してくれている筈です。

 今回、警察ものになったのは、やはりわたしが以前、警察という職場にいたということもあるかと思います。なぜ、警察官という職業を選んだのか。正しいことや良いことを躊躇なく行う、それを仕事にできるということに羨望や憧れがあったから、のような気がします。今思えばですが。ただ結局のところ、短い期間しかいませんでしたので、大して役に立つことはなかったのですが。

 世の中の役には立てなかったけれど、あのころ経験したことは、今のわたしの創作の糧になっているようです。今回の作品を書いているあいだ、昔のことをよく思い出しました。お蔭でサイレンの音に敏感になったり、駐車違反する車を偉そうに睨みつけたり。ちょっと疲れましたが、それが小説世界と繫がったということなのかと実感しています。

 話はかわりますが、今、わたしの家には三毛猫がいます。
 猫を飼い始めて気づいたことがあります。猫は犬より難儀な生き物かもしれないということです。とにかくマイペースで自分のしたいことしかしない。飼い主のことをぜんぜん気にかけてくれない。しばしば飼い主の手に引っかき傷をつくる、などなど。

 長く犬を飼っていたわたしには少々ショックな生態でした。とにかくあまりにも自由すぎる! なのになぜかその我がまま勝手な生き物にかしずく自分がいる、支配されることに喜びを感じてしまう。もうほとんど僕状態です。

 僕には奉仕する人の意があり、ご存知のように警察官は公僕といわれます。
規律規範に従い、組織の一員として、人々のために働く。大変なことでしょうが素敵なことではないかと思っています。猫にもぜひ見習って欲しいものです。

 今作の梓凪子もまた、そんな組織のなかで悩み、戸惑い、怒り、先輩や上司に叱咤されながら一人の刑事として成長してゆきます。前作同様、いえそれ以上にハードボイルドなシーンがあり、凪子がどんな風に乗り切るか、実際に読んで驚いていただきたいと思います。

 ヒロインの新しい姿をこうして本にして、皆様にお届けできることを心から嬉しく思います。そして新しい元号となったのちは、また新しいヒロイン像を描いた作品をお届けできればと思っております。

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