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『閻魔堂沙羅の推理奇譚』木元哉多
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閻魔堂沙羅の推理奇譚

『閻魔堂沙羅の推理奇譚』

木元哉多(きもとかなた)

profile

埼玉県生まれ。『閻魔堂沙羅の推理奇譚』で第55回メフィスト賞を受賞しデビュー。新人離れした筆運びと巧みなストーリーテリングが武器。

 小説を書いていると、自分が神様になったように思えるときがある。

 原稿用紙の上に、まだ輪郭のはっきりしない一人の人物が浮かびあがる。彼は人生の意味に迷い、苦悩している。困難に直面し、選択を迫られている。神様である僕はそれを上から見ている。

 彼には長所もあるし、短所もある。しかし今このときは、短所のほうが目立っているかもしれない。

 僕は彼を見守りながら、同時に自分自身を重ねている。

 もちろん僕にも短所はある。社交的ではない。愛想もない。自分が間違っていないと思うことは一ミリも譲らない。カチンとくると、相手を切りつける一言を放つ。教師に面と向かって「バカ」と言ったこともある(その教師は本当にバカだったので、反省していないけど)。嫌になってバイトをふらっと辞めたこともある。

 そして僕も人生の隘路にはまり込み、八方ふさがりになったことがある。僕は「小説を書く」ということを通して、自分と向き合い、自分を変えていく努力をした。それによって希望のようなものも、かすかには見えてきたかもしれない。

 僕にとって「小説を書く」ことに当たる何かを、彼にも見つけてほしいと願い、僕は彼を主人公に選ぶ。

 神様とはいえ、直接手を貸すことはできない。彼の人生を、僕が望むように操作することはできないのがこの世界のルールだからだ。ただし唯一、神様の権利として、彼にきっかけを与えることはできる。そして物語が動きだす。

 神様は、采を振ったら、あとは見ているだけだ。彼は自分の頭で考え、謎を解き、生身の身体をさらして傷つきながら、人生の困難を突破しなければならない。

 きっかけを与えたのは僕だ。でも、こうも思う。きっかけが与えられたから、何かが変わったのではない。彼の中で、変わりたいという心の願いが高まり、その準備ができたからこそ、そのきっかけが起きたのだと。なにもせず、ただ待っているだけではダメなのだ。日々の生活の中でできる努力を続けていかないかぎり、きっかけは起きない。

 僕は彼の悪戦苦闘ぶりにハラハラしながら、その生き様を原稿用紙に書き落としていく。彼がその人生で価値のある何かをつかんだところまで見届けたら、そこで物語を閉じる。

『閻魔堂沙羅の推理奇譚』には、四人の主人公が登場します。沙羅との出会いを通して、表面上は分からなくても、彼らの中で何かが動き出している。その胎動が読者に伝わってくれればいいな、と著者として願っています。

「閻魔堂沙羅」シリーズはこのあとも続きます(5月刊行予定)。手に取っていただけたら幸いです。

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