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『プライベートフィクション』 真梨幸子|あとがきのあとがき|webメフィスト
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あとがきのあとがき

『プライベートフィクション』

真梨幸子 (まりゆきこ)

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1964年生まれ。2005年、『孤虫症』で第32回メフィスト賞を受賞しデビュー。2011年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』が大ヒット。他の著作に『女ともだち』『四〇一二号室』など。

青木まりこ現象(あおきまりこげんしょう)とは、書店(古書店、図書館などを含む)に長時間いると便意を催すという現象。1985年、椎名誠が編集長を務める『本の雑誌』第40号の読者投書欄に「青木まりこ」という名前で投稿された体験談が発端(引用、ウィキペディア)。

 青木まりこ現象には、いろんな原因が挙げられています。たとえば、前述のウィキペディアによれば、「本のインクの匂いによる」説、「書店に入るとトイレに行けないという心理的プレッシャーによる」説、「好きな本を買えるんだという期待感による」説などが紹介されています。

 私個人でいえば、明らかに「期待感」による興奮とワクワクが原因です。というのも、私の便意は、いつでも、興奮とワクワク感が先にあり、それが腸を刺激して、あの便意へとつながるからです。つまり、私にとって、書店、すなわち本は、ワクワクの巣窟だったのです。

 先日、書店に入ったときのこと。ふと、思いました。ああ、そういえば、最近“青木まりこ現象”がないなと。以前は、書店に入った途端、なにか甘酸っぱい高揚感とともに、それはやってきたのですが。そこで、また、ふと思いました。

 以前って。どのぐらい前のことだろう?一年前? 五年前? うそ、もしかして、デビュー前? ということは、もう八年もワクワクしていないってこと? もしかして、ここ数年の便秘症は、これが原因なのでは?

 ワクワクはないけれど、不安やイライラからくる「バクバク」は、毎日のようにあります。ほら、今も「バクバク」している。ふと立ち寄った書店、『プライベートフィクション』が、この一ヵ月、ちっとも減っていない! このままでは返本されてしまう! 返本が続いたら、もう注文が来なくなるわ! バクバクは激しくなり、呼吸困難寸前。私は『プライベートフィクション』を二冊手にすると、レジに向かいました。

 ……この八年、書店に入ると、毎回こんな感じです。動悸息切れで、長くいられないのです。そして、自分の本を買って、逃げるようにお店を後にします。

 もう、私は“青木まりこ現象”を味わうことはないのでしょうか? そして、私の便秘症が治ることもないのでしょうか? 私はいったい、どこにワクワクを置いてきたのでしょうか。

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