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『誰も僕を裁けない』大倉崇裕
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あとがきのあとがき

『誰も僕を裁けない』

『誰も僕を裁けない』

早坂 吝(はやさか やぶさか)

profile

1988年、大阪府生まれ。京都大学文学部卒業。京都大学推理小説研究会出身。2014年に『○○○○○○○○殺人事件』で第50回メフィスト賞を受賞しデビュー。

 自信作です―と他の作家が言っているのを見るたび、かつての私は「じゃあ今までの作品には自信がなかったのかよ」と冷めたことを考えたものでした。しかし今、そう言いたくなる気持ちが分かりました。『誰も僕を裁けない』、自信作です。

 私はよく「新しいことに挑戦したい」と言っていますが、その「新しい」とは他人と比べてということだけではなく、過去の自分と比べてという意味でもあります。常に変化し続けるのが早坂吝という作家なのです。そんな早坂の今回の挑戦は「社会派エロミス」です。なぜ社会派なのかというと、ある作品に感銘を受けたからです。その作品は、誰もが一度は疑問に感じたことがあるに違いない法の矛盾を嘲笑い、逆手に取ることでトリックを成立させていました。私はこれこそ、よく言われる「本格と社会派の融合」の理想形だなと思いました。そしてその手法を私の上木らいちシリーズに取り入れたら面白い化学反応が起きるのではないかと考えたのです。

 しかし、らいちシリーズは本格ですがエロミスでもあります。エロという反社会的な題材を社会的に書くことなどできるのだろうか。またそれによって、らいちの魅力が損なわれはしないか―と不安に思う方もいらっしゃると思いますが、ご心配なく。最後までお読みいただければ、今回の事件を扱えるのは、らいちしかいないという必然性をご理解いただけるはずです。彼女の新しい色をお見せできればと思います。

 本作では今まで以上に人間を描くことに注力しました。特に印象に残っているのが浦和という刑事です。こういうキャラを出すのは安直なのではないかという迷いもあったのですが、とりあえず書いてみてから考えようと書き始めたところ、驚くほど筆が進み、物語後半のダイナミズムを生み出してくれました。だからお気に入りなのですが、読者の皆さんには嫌っていただきたいという不思議なキャラです。どういう人物なのかは、ぜひご自身の目でお確かめください。

 最後に、本作は館ものでもあります。社会に対する閉空間という使われ方をすることが多い館は社会派の対極にある概念だと思われるかもしれませんが、これにも必然性があります。それは本作が講談社ノベルスだということに関係しています。この作品を講談社ノベルスの一冊に加えることができたことをとても誇りに思います。

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