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『線は、僕を描く』砥上裕將
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あとがきのあとがき

線は、僕を描く

『線は、僕を描く』

砥上裕將(とがみ ひろまさ)

profile

1984年、福岡県生まれ。水墨画家。『線は、僕を描く』で第59回メフィスト賞を受賞しデビュー。

 二十代の真ん中くらいの時に、展示会の会場で自分の絵の説明をしていると、たびたび不思議そうな顔で、
「君は若いのによく水墨について知っているね。この絵を描いた先生に何年くらい習っておられるの?」
 と、妙な質問を受けることが多かった。

 質問した方は、絵の作者が二十代で、しかも目の前で話し続けている人間だとは思わずに説明を受けていて、僕のことをお弟子さんか会場の受付を任されたバイトの子か何かだと思っていたようだ。

 僕が絵の作者なのだ、と説明すると、当然ひどく驚かれた。ときどきちやほやされ、ときどき大上段から有り難くもない激励の言葉を浴びせられ、ともかく不思議なほど自分自身や絵について説明するのが難しかったことを記憶している。

 僕が描く絵がそれほど若々しくもなく、ド真面目で、面白みに欠けていた、というのはその通りなのだろうけれど、『若者と水墨画』というのが全く結びつかない、という事態を僕は何度も経験してきた。

 油絵をやる若者は理解できる。水彩画も、デッサンも、書道でさえも若い人がやっていることに違和感はない。だが、水墨画だけが若者が青春を傾ける造形芸術のジャンルとして抜け落ちていた。水墨をやる若者は、イメージしがたいものだっただろう。

 僕は自分の絵の作者でありながら、なんとなく詐欺師めいた気持ちを抱えて、いつでも佇んでいた。

 個人的には、自分が水墨をやっていることがそれほどおかしなことだとは思わなかったけれど、若い人間が水墨をやるということは、あまり素直に受け入れられなかったし、作品を発表する度に会場での反応を見ていると、何か違うんだよな? どうやったらうまく伝わるのかな? と、考えずにはいられなかった。そういう一種独特の『やりにくさ』のようなものが、本作のスタート地点だったような気もする。

 あの頃は、自分を証明するのはただ『描かれたもの』だけだ、などと妙に生真面目な自意識を携えて、ひたすら技術の向上を目指したけれど、三十代も半ばに差し掛かると、そうは言っても説明しないと誰にも分かってもらえないよね? というような柔軟さとも妥協ともとれる曖昧な気持ちが芽生えてきた。そうして年とともに軟化して、いい加減になってきた自意識は、言葉を選び取って、気付かないうちに小説という形式に挑戦していた。

 膨大な時間一つの作品に向かうことが出来て、何度でも書き直しが出来て、時間の流れもモチーフも自由に表現することが出来る、という小説の水墨画とは真逆の在り方を僕は心から楽しんでいた。『描くこと』と『書くこと』の交差点で行き交うたくさんの出来事を飽きずに眺めているうちに、執筆期間は終わり、原稿は手元から離れた。2017年の秋から冬にかけてのことで、書き終えた時には、僕はほんの少し幸せだった。コンビニでワンコインのワインを買った。

 受賞してからもひたすら、メフィスト賞っぽくない、と言われ続けている本作でデビューできたのは、ただの偶然だと思うけれど、この物語を書いていた時の楽しく大らかな気持ちが読んでくださった方に伝われば嬉しいなと思っている。

 また、この物語には十数年間、黙り込んでいた水墨画家の経験や喜びや実感がところどころにちりばめられている。ここに書かれている水墨画が、長い歴史を持つ水墨画のすべてではないけれど、鑑賞の入り口になってくれたら、水墨画家としても幸せだなと思う。

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