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『うつくしい繭』櫻木みわ
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あとがきのあとがき

うつくしい繭

『うつくしい繭』

櫻木みわ(さくらき みわ)

profile

福岡県生まれ。大学卒業後、タイの現地出版社に勤務。日本人向けフリーペーパーの編集長を務める。 その後、東ティモール、フランス、インドネシアなどに滞在し、帰国。 2016年、「ゲンロン 大森望 SF創作講座」を経て、本作でデビュー。

「本を出すというのは、まったく思いがけないひとに、思ってもいなかった届き方をするということですよ」

 ある出版社のパーティーの席で、法月綸太郎さんにいわれました。私は、法月さんも講師を務めておられる「ゲンロン 大森望 SF創作講座」という小説スクールに通い、そこで法月さんと共に講師をされた編集者のTさんに作品を読んでいただいたことがきっかけで、初めて小説を出すことになっていました。これは私の、子どものころからの願いでした。けれどあんまり長いあいだ願っていたために、出版直前になっても、このことが本当に起こるのかどうか分からなかった。なにしろ私は小説を書くぞといういっしんで、タイに移住し、東ティモールに暮らし、離婚もしたのです。頭がおかしいのだ。

 前に住んでいた東ティモールで、私は孤独でした。ほとんど日本語を使わないでいたために、自分の日本語が瘦せていっているのを感じました。身近にネット環境もなく、日本はまぼろしみたいに遠かった。あるとき台湾系アメリカ人の女の子が開いた小さなパーティーで、フォーチューン・クッキーをもらいました。帰り道、ひとりでティモールの海辺に立ってうすい立体的なクッキーを割ったら、なかから英語が印字されたほそい紙が出てきました。「あなたは慰めを得るだろう」って、書いてあった。慰めってなんだと私は思った。

 東南アジアで見聞きしたもの、これまでに自分が経験した、よろこびもかなしみもみじめなことも差し出すつもりで書いた話が、多くのひとのおかげで白いきれいな本になって、本当に書店にならんだとき、私はこれがあのクッキーの告げた「慰め」だったのかもと考えました。しかし相変わらず、私は不安でした。これを読んでくれるひとはいるんだろうか。例えばこの日本社会のなかで、自分などには窺い知ることのできない現実を生きているひとのこころに、この話は届くことができるんだろうか。私の気持ちは暗かった。

 少しずつ、本の感想を目にするようになりました。ツイッターで、インスタグラムで、読書メーターで。それらを読むたびに、胸を打たれました。会ったことのない、性別も年齢も状況も住んでいる町もちがうひとたちが、それぞれの人生のなかで本を読み、この感想を書いてくれたのだ。ある夜、くたくたに疲れた通勤電車のなかで見知らぬ女性のツイートを読みました。アカウント名は「わしは無慈悲な夜の母」さん。「娘を産んで色々あって夫を嫌いになってしまったけど、表題作を読んでその気持ちがちょっと緩んでびっくりした」「またいつか読む」。気がついたら号泣していた。これが自分の「慰め」だったんだと分かりました。法月さんがおっしゃったように、まったく思いがけないあなたに、思いがけなく届くこと。『うつくしい繭』、出会っていただけたら、そしてあなたのことや思ったこと、いつか教えてくださったらうれしいです。

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