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『たとえ、世界に背いても』神谷一心
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あとがきのあとがき

『たとえ、世界に背いても』

『たとえ、世界に背いても』

神谷一心(かみや いっしん)

profile

一九八〇年生まれ。同志社大学法学部卒業。二〇一四年、『たとえ世界に背いても』(『たとえ、世界に背いても』と改題)で島田荘司選 第7回 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞。

 メフィスト読者の皆さんなら、アガサ・クリスティーの「オリエント急行の殺人」はもう読まれているかと思います。本格ミステリーのオールタイムベスト50を挙げるなら、必ずどこかに入るであろう名作です。

 原作はもちろん素晴らしいのですが、この小説は何度か映像化されていて、その中でもデヴィッド・スーシェがポワロ役を演じるイギリスのテレビドラマは私のお気に入りです。

 作品が始まって間もなく、こんなシーンがあります。ポワロがイスタンブールの街を一人で歩いていると、女が血相を変えて逃げ回っています。女は不貞の罪を犯していて、非情にも群衆は彼女を取り囲んで石打ちの刑を始めます。ポワロはその光景を苦々しい表情で眺めるだけです。

 私は中学、高校とキリスト教系の教育機関で学んでいたので、この場面を見た瞬間「ああ、〝姦通の女〟か」と思いました。

 姦通の女とは、不貞行為を働いた女が神殿の境内で石打ちの刑に処せられている時、イエスが「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」と言ってかばった話のことです。

 新約聖書の中でも比較的知られている話かと思いますが、キリスト教になじみのない生活を送っていられる方はご存じないかと思います。

 どうしてまた、こんな話を持ち出したかというと、今年の五月に刊行された「たとえ、世界に背いても」にも、この姦通の女のイメージが入っているからです。

 作中、苛めの疑いをかけられた女子高生達は一般市民、警察、マスコミといった世界中の人々から糾弾されます。彼女達の中には実際に苛めに加担した少女もいますが、その関与の度合いは様々で、中には苛めを止めようとした者もいます。

 彼女達は皆、作中で酷い目に遭います。ある少女は体中を電動ドリルで穿たれ、隙を見て逃げ出したところを大型トラックに轢かれたり、ある少女は暴徒化した群衆に家族を全て殺され絶望して自殺を選びます。

 そんな中、ある少女の元に一人の少年が駆け寄り、世界中の人間に抵抗します。

 ドラマ版の「オリエント急行の殺人」でポワロが殺人犯達を最初、声高に糾弾し、最後に見逃したことを私は少年のひたむきな抵抗を通じて全く異なる新しい視点から表現したつもりです。

 もしよろしければ、ぜひご一読を。

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