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『月と太陽』 瀬名秀明|あとがきのあとがき|webメフィスト
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あとがきのあとがき

『月と太陽』

瀬名秀明 (せなひであき)

profile

1968年生まれ。『パラサイト・イヴ』で第2回日本ホラー小説大賞を受賞しデビュー。『BRAIN VALLEY』で第19回日本SF大賞を受賞。近著に『希望』、『大空のドロテ?〜?』など。

 天国に昇る途中で、さて困ったことになったと作家のエス博士は思案していた。足下を見下ろせば車にはねられた自分の死体が横たわっている。エス博士はある短編集を出したばかりで、刊行後の所感を雑誌に書いてくれと頼まれ、そのことを考えてついぼんやりしていたのだ。

 約束を果たさず死ぬのはどうにも居心地が悪い。敬愛する何人かの作家はあとがきの達人であり、あとがきを編んだ本にさえあとがきを書いている。彼らは天国でも嬉々としてあとがきのために新作を書くだろうが、さて自分はどうしたものだろう。

 足下の俗界は遠のき、しかも幾つもの時間が折り重なって見えてくる。自分の葬儀の様子も見えた。先ごろ日本SF作家クラブも退会したからSF関係の弔問客は皆無だ。来ればその者も仲間はずれにされるだろうから仕方がない。読者らしき人もおらず、実に寂しい告別式だ。葬儀は親族だけでといっておけばよかったな。まあこれも一種の才能だ、おれは世界一SF業界から嫌われた男として歴史に名を刻もう。そう思うと気が楽になり、浮力が強まった。

 さて、「あとがき」に何を書こう。エス博士は涙を堪えて光の射す天を仰いだ。東日本大震災や、SF作家クラブ五〇周年記念事業のため多くの出版社へ懸命に挨拶に回った日々のことが思い出された。遺書となってしまった短編集も、きっと「難しい」の一言で片づけられ、ほどなくして店頭から消えてゆくに違いない。「難しい」といわれて返す言葉はいつも難しいものだ。「そうですか」「そうでしょうね」「すみません」―ああ、これがおれのあとがきか。そうとも、これがおれの人生だったのだ。

 そのとき無数の呟きがエス博士の耳に届いた。はっとして地球を見下ろすと、無数の小説や映画を愉しみ、笑みを交わす人々がいる。物語で涙し、胸を熱くする人々がいる。「面白かった!」「面白かった!」彼らの輝く笑顔! あれこそおれが皆に与えたいと願っていたものではなかったか。

 だがそれらに重なり、他者の運命に心を痛め、自然界の凄みや物作りの困難に直面し、あるいは愛する者へ向けて涙を流しながら笑みをつくって囁く人々の声が聞こえたのだ。「難しい」「難しい」―その言葉はうねり、未来へと続いてゆくのだった。

 遠い未来の図書館で、ひとりの少年が自分の本を手に取るのが見えた。エス博士は涙を流して目を閉じ、無となって消えた。

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