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『狼と兎のゲーム』 我孫子武丸|あとがきのあとがき|webメフィスト
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あとがきのあとがき

『狼と兎のゲーム』

我孫子武丸 (あびこたけまる)

profile

1962年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科中退。同大学推理小説研究会に所属。‘89年に『8の殺人』でデビュー。著作に『殺戮にいたる病』『眠り姫とバンパイア』など。

 逃げる物語が好きだ。

 徒手空拳の男、あるいは幼い子供や女性などが、強大な敵や警察からひたすら逃げ続けるような話。たった一人というのもいいけれど、絶対守りたい人、お荷物にもなりかねない仲間と逃げるのもまたいい。

『大脱走』を始め『手錠のままの脱獄』『俺たちは天使じゃない』『ウォリアーズ』『グロリア』『ガントレット』(逃げる、というのとはちょっと違うのもある)などなど、名作映画をあげればきりがない。小説だとスティーヴン・キングの『ファイアスターター』が不動のベスト。

 実はいまだ世に出ていない最初に書いた長編も(幻の処女作?)、逃げる話だし、その後も何度か逃げる話を書いたり書こうとしたりした。つまり、書き終わったのに出ていないものもあるし、書き終わらなかったものもある、ということで、「書きたい」という思いの割に打率の低い―ぼくにとっては難しいテーマなのかもしれない、という気もするが、好きなんだから仕方がない。

 なぜ、逃げる物語が好きなのかつらつら考えてみたが、「他の誰にも頼れない」「信用できない」といった絶望的な状況が生むサスペンスもそうだが、その中で時折訪れる休息の時間や、極限状況だからこそ深まる特別な絆といったものがこれまたツボであるようだ。

 一方、逃亡ものはロードムービー(ロードノベル)のテイストも併せ持つことになる。テレビドラマ『逃亡者』『超人ハルク』、時代劇『斬り抜ける』などなど……どこかへ逃げるとか逃げながらえんざいを晴らすといったような大目的がありながら、毎回舞台が変わり、新しい土地で見知らぬ人々と出会い、事件に巻き込まれたり人助けに一肌脱いだりして一話完結のドラマが展開される、そういうパターンが連続ドラマにぴったりなのだ。そういう意味で長編小説よりも、漫画なんかがちょうどいい気もする―がしかし、考えてみたら『ファイアスターター』オマージュで始めた逃亡漫画『スライハンド』(マッグガーデン)はコミックス一巻で終わってしまったのだった。残念。

 懲りずにまた書いたのが『狼と兎のゲーム』なわけですが、多分これからもいくつもそういう作品、そういうシーンは書き続けることと思いますので、「またか」と言わずに寛大な心でお読み下さい。


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