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『バミューダ海域の摩天楼』 柄刀一|あとがきのあとがき|webメフィスト
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あとがきのあとがき

『バミューダ海域の摩天楼』

柄刀一 (つかとうはじめ)

profile

1959年、北海道生まれ。公募アンソロジー『本格推理』への参加を経て、’98年、『3000年の密室』で有栖川有栖氏のエールを受けてデビュー。著書に『システィーナ・スカル』『人質ゲーム、オセロ式』など多数ある。

 タイミング、を思わされた。

 Drショーインを探偵役とするこのシリーズでは、地球規模の謎を扱うつもりでいる。地球を揺り動かすほどの……。実際、そういうネームを冠してこの中編集は出版されたが、それと前後して東日本大震災は発生した。

 本書では、天災は描かれていないが、気象テロ兵器がもたらす大きな被害は俎上にのぼる。人類のおごりを見おろしている大自然……。また、原子力には直接触れていないが、未来の勢力図を左右する新エネルギーへの日本の鈍感さには言及する。

 大きな作中テーマであった新型の感染症が現実に姿を現わしたのは、欧州で、五月に入ってから、まったく新しい毒性の強い大腸菌が広まってショックをもたらした。

 どの問題も、私たちが直面していた課題で、いつ表面化してもおかしくなかったということだろう。

 つまり、ストーリー紹介文からSFと受け取った読者もいるらしい本書だが、描いているのは現実問題以外のなにものでもないのではないか。私は近未来を舞台とする時もあるが、近未来など、いつでも、眼前の現実となるということだ。そもそもミステリーは、どこかで起こっているのかもしれない不思議、いつか起こるかもしれない謎を扱っているといえる。

 したがって私は、地下の縄文ミイラや、『ifの迷宮』に出現した遺伝子的に不死の人々のことを、絵空事などと思ったことはない。近い感性の方々がそこを柄刀ロマンと呼ぶのであれば、本書もその流れだろう。

 しかし、創作上のロマンなどとは無論無関係に、3・11の震災は悲劇の極みだが、それでも、阪神・淡路大震災の直接の体験者から、やがては自然災害とも向き合うかもしれないDrショーインを動かす柄刀の筆の胆力には期待したい、という言葉をいただき、望外の励みになった。

 いま読むべき本であったという感想もいただいた。逃げ腰で簡単に“想定外”などと口にせず、予見して力を発揮していく探偵像に思うところがあった、と……。

 ここで私は、探偵が力を発揮するタイミングを思う。悲劇の前。その時。事件を未然に防ぐことこそが、名探偵の最高の仕事だろう。

 事件そのものは地球を揺り動かし、世界を覆うが、Drショーイン……、今回この探偵の周りで、人は死なない。



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