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『夜の欧羅巴』 井上雅彦|あとがきのあとがき|webメフィスト
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あとがきのあとがき

『夜の欧羅巴』

井上雅彦 (いのうえまさひこ)

profile

1960年生まれ。1983年に星新一ショートショート・コンテストで「よけいなものが」が優秀賞を受賞しデビュー。1997年からは書き下ろしホラーアンソロジー『異形コレクション』の監修も始める。他の著書に『竹馬男の犯罪』『遠い遠い街角』など。

 今度、新しいことをはじめるんだけれど、キミ、やってみない?

 と、宇山日出臣さんに誘われたのは、二〇〇二年の十一月十六日。なぜ日付まで覚えているのかというと、それは『鮎川哲也さんのお別れの会』の最中で、会場となった鎌倉の鮎川さんゆかりの中華料理店の座敷で、隣りあった宇山さんから、こっそりと依頼されたのだ。子どもたちにトラウマを与えたい、というこの企画のコンセプトも、この時、聞かされた。幾日かして、タイトルがミステリーランドに決まったとの連絡も直接うかがった。「『ショートショートランド』と同じランドだヨ」と、僕が宇山さんと出会った雑誌の名前を仰った。企画がはじまると、『ミステリーランド通信』というFAXをいただいた。宇山さん独特の子どもみたいな筆跡で、刊行までの予定など連絡事項が記されたもので、それは宇山さんが定年退職されるまで続いた。ヴァレンタイン・デーにはエーリヒ・ケストナーの本もいただいた。「宇山が大喜びするような原稿を待ってます。」とカードに書かれていた。でも、僕の執筆は大いに遅れた。

 乗り越えるべきものが大きかったのだ、と今だからこそ明確にわかる。自分の子ども時代を考察するには、母子関係を描かねばならぬ。これこそが聖域だった。ケストナー同様、僕も母子家庭で育ったが、その母の寿命が、もう幾ばくもないことを宣告されたのが、まさにこの時期だったのだ。

 でも――全てを乗り越えたさ。

 この一冊のおかげで完全に吹っ切れた。

 八年も、かかってしまったが。

 母にも、宇山さんにも、天国で読んでもらうことになってしまったが、僕は、この物語を大いに気に入っている。宇山さんがどの程度、大喜びしてくれるかは確かめようもないが、この蝙蝠マークにも相応しい、全編ハロウィーンのようなモンスター・スパイ・アクション・スリラー・ファンタジー小説の中に、宇山さんはちゃんと出演してくれている。本人を御存じの方もそうでない方も、この物語の中で宇山さんの登場シーンを見つけてくれたら、僕は嬉しい。

(今、気がついた。担当者から特別なシメキリとして呈示された本日こそ、二〇一〇年十一月十六日。こんな偶然ある? 子どもみたいな笑顔がはじけているね。ちょっとだけ、上の方で)


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