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『詐欺師は天使の顔をして』斜線堂有紀
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あとがきのあとがき

詐欺師は天使の顔をして

『詐欺師は天使の顔をして』

斜線堂有紀(しゃせんどう ゆうき)

profile

2016年、第23回電撃小説大賞にて〈メディアワークス文庫賞〉を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。近著に『コールミー・バイ・ノーネーム』(星海社FICTIONS)がある。

『詐欺師は天使の顔をして』は幸運な小説だ。何故なぜなら『自分の理想の小説』に求めるものが詰まった小説だからである。その意味でこの小説は、私がずっと読みたかったものなのかもしれない。

『詐欺師は天使の顔をして』の構成要素を大まかに三つに分けると〝特殊設定ミステリー〟〝手品〟〝のっぴきならない関係〟だ。これらは全て、私の大好きなものである。このことについて、順を追って語りたい。

 特殊設定ミステリー。名の通り特殊な設定下でロジカルなミステリーをやる作品のことである。たとえば西澤保彦にしざわやすひこ先生の『人格転移の殺人』では、登場人物の人格が次々と入れ替わる状況で、山口雅也やまぐちまさや先生の『生ける屍の死』では死者が蘇る世界で本格ミステリーが繰り広げられる。

 他にもお伽話とぎばなしを下敷きに展開される森川智喜もりかわともき先生の「名探偵三途川理さんずのかわことわり」シリーズ、死者の証言が名探偵の弾劾裁判をき乱す阿津川辰海あつかわたつみ先生の『名探偵は噓をつかない』、本が禁止された世界を舞台にした北山猛邦きたやまたけくに先生の『オルゴーリェンヌ』など特殊設定ミステリーには名作が溢れている。これらを列挙した時点でお気づきかと思うが、特殊設定ミステリーはこの前提――特殊な状況の時点で既に物語的に面白いのだ! そういうわけで、特殊設定ミステリーというのは、私にとって最も贅沢ぜいたくなミステリーなのである。死者がよみがえる世界の時点で面白いのに殺人事件まで起こしてくれるなんて! と思う。だからこそ、特殊設定ミステリーというフォーマットは早い段階からあった。

 次に手品。私は昔から手品を見るのが好きだった。どんな手品にもタネがあり、タネがある以上その現象はフィクションであるが、手品は現実を変えることの出来るフィクションである。タネがあろうと、観客を上手くだましおおせている間は、カードは消えるしコインが現れるのが『現実』なのだ。それは小説に通じるものがある。本を開いている間は、名探偵も怪盗もハッピーエンドも現実なのだ。だから、是非とも手品を題材にして小説を書きたい気持ちが以前からあった。今回はその夢もかなえた形になる。

 そして最後にのっぴきならない関係、である。

 のっぴきならないとは「引き下がることも避けることもできない」という意味だが、これを体現しているような関係が好きだ。お前のせいで人生がメチャクチャだが、離れることももう出来ない、不在が一番場所を取る。そういう関係が好きなのだ。主人公のかなめは、冴昼さえひるあきらめさえすればまともに生きられるが、彼にはもうその選択肢が無い。たった一人の『特別』の所為せいで自縄自縛に陥るような執着が本当に好きだ。その意味で、この小説では理想の執着の形を書けたと思う。

 上に挙げた要素は全て『詐欺師は天使の顔をして』に欠かせないものであり、小説の中で十二分に書けたものだと思う。だからこそ、この小説を書くことは楽しかったし、世に出せたことは幸運だった。

 最後になるが、要と冴昼のキャラクターを構想してから、ずっと頭に「終わらない文化祭」という言葉があった。色々な要素が重なった関係であるが、結局のところ「一緒に居るのが一番楽しい」というのがこの二人のテーマなのかもしれない。現在この物語の続編を構想中なので、いつでも二人が一番楽しい主人公たちの、一世一代の興行を、最後まで観測して頂ければ幸いである。

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