講談社BOOK倶楽部

『絞首商會』夕木春央
webメフィスト
講談社ノベルス

あとがきのあとがき

絞首商會

『絞首商會』

夕木春央(ゆうき はるお)

profile

2019年、「絞首商会の後継人」で第60回メフィスト賞を受賞。
同年、改題した『絞首商會』でデビュー。

 私のミステリ遍歴は小学生の頃に読んだ乱歩らんぽの少年物に始まりますが、そこから本格ミステリを熱心に読むようになる前に、クロスワードや数独などのペンシルパズルを作るのに熱中していたことがあります。


 これらのパズルは解答をでたらめに当てはめる試行錯誤によってしか解けないものであってはならず、ひらめきや理詰めで正解に辿たどり着けるよう作る必要があります。解くのに専門知識の要るものは興ざめします。単にパズルとして破綻はたんなく成立していればよしというものでもなく、クロスワードの黒マスや数独の数字はそれを対称に配置したり、それらを最小限で構成するのが美しいとする場合もあります。


 今となっては、ミステリに触れるのにパズルを引き合いに出すのはあまり安直すぎて気が引けます。しかし私が乱歩を手始めに戦前日本の探偵小説を読むようになった当初は、さほどミステリのパズル的側面を意識することはありませんでした。


 もうひらかれたのは先人の例に漏れずエラリー・クイーンに依ります。『ローマ帽子の謎』を読んで(十代の頃は時間が無限に有るような気がしていたために、当然のように古い作品から順番に手を出したものでした)、この人はパズル作家が数字や単語を使って作るものを、小説で作っているのかと思い至った時の衝撃は、結局いかなる「意外な真相」の衝撃よりも強く脳裏に印象を残しています。


 ミステリを構成しているものは、法律や感情心理、その他小説の題材になりうる作者の想像力の及ぶもの全てです。厳密な論理性に欠け、唯一の正解を導き出すにはまぎれが多すぎ、しかし実際にそれらに答えを求める切実さはパズルを解く時の比ではない、というジレンマを解消しようとする奇妙な文学です。それはシュールなフォトコラージュのように、ありふれた現実を切り貼りして思いがけない非現実の景色を生み出す魅力を持っています。


『絞首商會』は、大正九年、令和の今からおよそ百年前の話です。確かに存在した時代ですが、何やらそれ自体が幻想味を帯びた時代です。その頃の変格探偵小説を読むと、この幻想味は必ずしも現代人の憧憬に起因するものばかりでなく、当時の一部の人々の胸中に共有されていたもののようにも感じられます。


 コラージュを作るように、それを丁寧かつ正確に切り抜いて本格ミステリを作れないだろうか。本作はそういう思いをもとにして出来た作品です。これは、大正の当時にはあまり試みられなかったことでもあります。現代にてそれをやろうとしても、もちろん完璧とはいかず、また時代が幻想ばかりで出来ていたはずもなく、そのようなつもりで書いてはミステリが基盤を置くべき現実に敬意を欠くことになります。


『絞首商會』を書き上げて、それが容易なことでないのはよく分かりましたが、しかし今作を最後にはしないつもりです(実は、本作に先立つ話はすでに存在します)。次回作でお会いできることを願っています。

詳細ページへ

Backnumber

あとがきのあとがき 日常の謎
メフィスト賞とは?