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『創竜伝14〈月への門〉』田中芳樹
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あとがきのあとがき

創竜伝14〈月への門〉

『創竜伝14〈月への門〉』

田中芳樹(たなか よしき)

profile

1952年、熊本県生まれ。1978年『緑の草原に……』で第3回幻影城新人賞を受賞しデビュー。1988年『銀河英雄伝説』で第19回星雲賞、2006年『ラインの虜囚』で第22回うつのみやこども賞を受賞。「創竜伝」をはじめ「銀河英雄伝説」「アルスラーン戦記」「薬師寺涼子の怪奇事件簿」「岳飛伝」など多くの人気シリーズを上梓。

 そういえば、しばらく『創竜伝』を書いてないなあ。そう思ったのは、二〇一七年のころ。五、六年、いや、七、八年になるか。まさか一〇年ということはあるまい。念のため確認してみるか、と、13巻の巻末をめくってみて、泡を食った。第一刷発行の日付が、二〇〇三年六月六日となっている。一〇年どころの話ではない。

 なぜか私はそっと周囲を見まわし、私以外の地球人が存在しないことを確認して、こそっと13巻を仕事場の書棚にもどした。見なかったことにしようと思い、仮眠室のベッドにもぐりこむ。すこし眠って、起きたときにはキレイに忘れているだろう。私には持病があって、精神的に動揺すると体調まで悪くなるのだ。ウソではない、ちゃんと診断書もあるぞ。『おくすり手帳』なんて代物も持たされている。どうだ、まいったか。
いや、病気の話ではなかった。

 何だか変な夢を見て夢とは変なものに決まっているがめざめると、夕方近くになっていた。
「やれやれ、これで『創竜伝』のことはキレイに忘れたぞ」
口に出してから、はたと気づき、私は頭をかかえた。全然、忘れていないではないか。

「自分で書いたのではなく、何者かに書かされたような気がする」
とは、作家という人種のほとんどが体験する病状。それを「神サマが降りてきた」と表現する人もいるが、私の場合は悪魔。しかもひとつの作品にひとりの小悪魔がついていて、「オレの作品を書け」「いや、オレの作品だ」「それ書け」「やれ書け」「どんと書け」と責めたてるのだ。ろくに昼寝もできやしない。

 忘れなかったからにはしかたがない。つぎは『創竜伝』を書くことにしよう。なけなしの作家的良心をフル稼働させて決意したものの、「つぎ」との間には三冊書く約束が立ちはだかっている。しかも二冊はK談社。この二冊というのがまたちがうちがう、『創竜伝』の話だった。

『創竜伝』については、一五巻くらいで終わらせよう、と思っていた。ありがたいことに、「いつまでもつづけてください」と言ってくださる読者の方もいらっしゃるのだが、いちおう本筋は、それくらいで終わらせたい。場合によっては「読み切り外伝」という形もありえるが、それはそのとき考えることだ。

 かくして私は二〇一八年にはK談社から二冊の本を上梓させていただき、一方では『創竜伝』のストーリーをまとめることになった。すごいだろう、といいたいが、作家の世界には、二日間で五〇枚を書きあげた、という八〇代半ばの大先輩もおられるので、ちっともえらくない。私の職業については、「無職、ときどき作家」と書くべきかもしれない。

 それでもどうにか二〇一九年には『創竜伝14〈月への門〉』を上梓することができた。まだ見すてずに待ちつづけてくださった方々、心から感謝いたします。

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