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『幸腹な百貨店』秋川滝美
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あとがきのあとがき

『幸腹な百貨店』

『幸腹な百貨店』

秋川滝美(あきかわ たきみ)

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二〇一二年四月よりオンラインにて作品公開開始。二〇一二年十月、『いい加減な夜食』にて出版デビュー。著書に『ありふれたチョコレート』『居酒屋ぼったくり』『放課後の厨房男子』がある。

 『バブル』という言葉への反応は人それぞれである。あの頃はよかった……と遠い目になる人もいれば、バブルね……と鼻で嗤う人もいる。両者の違いはおおむね実体験の有無であろう。バブル景気を経験した者は、あの時代は一種の狂気だったとしながらも心のどこかで肯定し、経験しなかった者は、あんた方はたとえ一時でも好景気を知っている、それに引き替え俺たちは……とやさぐれるのである。

 『幸腹な百貨店』はバブル景気を知るデパートマン高橋伝治が、かつて店長を務めた百貨店の閉店の危機に際し、今時の若者を嘆きながら立て直しに挑む物語である。

 私は今まで、自分よりも年上の主人公を書いたことはなかった。五年後、十年後の自分ならどう考えるだろう、若者に対してどんなことを言うだろう、と探りながら書いていくのは大変興味深い作業だった。

 上司と部下、しかも年長者と若者という対立しがちな関係にある人たちを、ひとつの目標に向かって走らせるには相互理解が不可欠だ。彼らにお互いを知る機会を与えるにはどうすればいいのか。そう考えたとき、出てきた答えは『一緒に飲み食いさせる』だった。

 人間は食べねば生きられない。それには老いも若きも関係ない。盃を交わし、料理を前に語り合うことで、互いの距離が近づくかもしれない。旨いものを前にけんかを始める人はそんなにいないはず。そうだ、それでいこう……

 ところが、しめしめとばかりにキーを叩き始めた私は、ものの数分で手を止めた。

 これっていわゆる『飲みュニケーション』だよなあ。今は、『飲みュニケーション』そのものを否定する人もいるみたいだけど大丈夫だろうか……

 心配になった私は、町の居酒屋を覗きに行った。そこには伝治たちの世代はもちろん、もっと上の世代、そしてたくさんの若者たちが賑やかに集っていた。

 大丈夫、若い子だって美味しい物は大好きだ。ただ、そこに『説教』というあらゆる物を不味くする調味料を振りかけられたくないだけなのだ。

 かくして私はパソコンの前に戻り、カチャカチャとキーを叩き始めた。

 伝治、説教はいかん、説教だけはするなよ、と言い聞かせながら……

 本人がそれを聞き入れたかどうかは、乞うご期待である。

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