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本格ミステリー『ベテラン新人』発掘プロジェクト発足!|講談社ノベルス

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本格ミステリー『ベテラン新人』発掘プロジェクト発足!

選評

ショートスカート・ガール
加藤眞男


 確かに、どうしてあのようなつまらない行為に、日本の男は全人生を賭けてしまうリスクを冒すのか、という女性の問いはもっともである。しかし、後半生がゆがむほどの自身の激しい傷つき方は、男性には到底理解されないはずと、涙ながらに被害を訴えるのもまた女性で、この連関には中途に不可解な段差があり、この断層を女性たちはタブー視して、関連付けを忌避している気配もある。猥雑低級と見える盗撮事件は、きわめて日本型の諸要素を持っており、そうならこれは、日本に独自の行儀意識、演技癖、自己暗示癖等々とも関わりそうで、日本社会考察の、思いがけない有効な入口たり得るのかもしれない。

 ここにこの作者が、デビュー時から持つことになりそうな特徴的な作風が、象徴的に現れている。格別知性を誇らない種類の大衆が興味を持ちそうな、俗なパーツを選んで用い、これによって男女間の犯罪ドラマを描くが、全体構成は充分に凝っており、要所要所に成熟した把握の視線が存在する。この成熟が、物語の細部にまで安定した目配りと、巧妙な設計成果を与えている、そうした構図である。

 そうは言ってもこうした軽妙さは、計算ばかりで作れるものではなく、この作者の天性の資質らしく見えて、いささか貴重である。しかし同時に司法や警察機構への理解は的確で、熟年層のものである。こうした把握の言葉が、この軽妙な物語の要所要所をバランスよく引き締める。作者の言葉を借りれば、プログラムとアプリの協調関係が、この作者をある完成の域に導いている。

 主婦や独身女性たちの発想、抱きがちの女性らしい思惑など、女性感性のリアルさも特筆ものである。随所でこれらが説得力を発揮し、物語を牽引するが、これもまた若い新人には見られない美点である。

 そう考えればこの人の作風は、青年らしい軽妙な発想の羅列を、熟年らしい成熟の言辞が、タガが樽を締めるように要所を締めるもので、そのバランスの良さは、熟年世代の新鋭に対してあまねく期待すべき長所と見えて、読み進めるほどにこちらに高評価を感じさせた。

 述べてきたような評価は、作者が最終候補作にまで進めた二作、『ショートスカート・ガール』、『新百合ヶ丘殺人事件』、双方に対して言えることで、つまりこちらはどちらをピックアップして刊行してもよいのであるが、破綻の少ない、優等生的な回答ぶりを示すものはむしろ『新百合ヶ丘殺人事件』の方である。下選考の編集者諸氏の評価も、『新百合ヶ丘──』に傾きがちであった。

『ショートスカート・ガール』に見えるどんでん返しは、どんでん返しのためのどんでん返しとも言えるところがあり、いささかの無理も感じられる。『新百合ヶ丘──』のどんでん返しは比較的自然である。

 また『ショートスカート・ガール』内で行動する一人の内気な被害女性が、果たしてここまでするものか、また協力を求められた側も、いきなりのことで、ここまでの演技力を発揮できるものか。あるいはその前段階で、準備のために起こすある車内事故も、このような具合のよいかたちになるか、作者の都合が優先されていないか、などなどの危うい点もある。

 しかし時間が経ち、何度か読み返すうち、優等生的なできを示し、破綻やリスクの少ない『新百合ヶ丘殺人事件』でなく、尖った要素が随所に見え、構成的にもモラル的にも、大いに挙げ足をとられそうで危険な『ショートスカート・ガール』の方を、敢えて刊行したい誘惑が、次第にこちらの内部で勝った。

 この俗な事件は、多くのテレビ世代読者に吸引力を発揮するであろうし、当節の日本に特有の問題世相が作に映じている点も、刊行を意味のあるものにしそうであった。作中で行われるような議論も、世間に期待したい気分がして、こちらに敢えての冒険を決意させた。

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