ショートスカート・ガール
加藤眞男
この作の作者、加藤眞男氏には恐れ入った。二〇十一年一月、六十歳以上の作家志望有志を講談社に集め、本格ミステリー小説とは何であるか、どんな条件を持つ小説のことであるかなどの説明をして、二〇十一年七月十五日に募集を締め切るまでの半年の間に、この作者はなんと三編の長編を書き上げ、企画に応募してくれた。
新人賞の選考委員をするようになって二十年以上が経つが、このような圧倒的パワーを見せる新人に対するのははじめてだ。しかもそれが若者でなく、退職高齢世代に現れた。おそらくはこういうことが、モノづくり日本を支えた団塊の世代の持つ秘密であり、力なのであろう。
もしも彼が、ミステリー以外の小説を書く環境にいて、それとも小説を書くことをしていなくて、当方の説明を聞いて「本格ミステリー」という小説の外郭を素早く学習し、そののちにこれだけの作品数をものにしたのであれば、これは驚異と言うほかはなく、作の出来や、資質を言う以前に、その適応能力の高さや、生産能力の高さ、手際に、舌を巻くほかはない。
さらにこの作者の見事さは、二百十七作集まったと聞く全応募作中、当方の評価で最も優れた二作品、『ショートスカート・ガール』と『新百合ヶ丘殺人事件』、ふたつともをこの作者が書いていることだ。脱帽と言う以外にない。
今回のベテラン新人の募集では、刊行を最優秀作一作のみとはせず、できれば優れた作複数を刊行したいと考えていたのだが、この予想外の結果に、同じ作者の作品を二作同時刊行することは得策でないし、もうひとつは二作目として、時間をあけない上梓を考えて、一作に絞ることにした。
この作者のさらに驚異的なところは、最終候補に残った二作が、測ったように同水準の出来を示していることである。受注した商品を、確実に高水準で納品する、この安定的な力量もまた、モノづくり団塊の世代のものらしかった。それは金属部品を一ミリの十分の一ほど、手作業で正確に削ってみせる町工場の技術に、われわれが驚かされることに似ていた。これはこの作者が確立した制作方法論、また独自のルールを会得していることを意味して、この点に、退職団塊の世代に特有の才能を感じた。
こうした特色は、退職後の得た時間で小説執筆を始める、満を持した経験豊富な層にこちらが期待したもので、説明会でも何度か述べた記憶だが、敗戦の屈辱から、モノづくり世界一国家にまで日本を押し上げた、世界に冠たるモノづくりの才覚を示すものに思われる。
以下は私の想像になるが、この作者には、「本格ミステリー」というやや専門的な方向でなく、自身の信じるよい「ミステリー小説」というものの姿が脳裏にあり、それはおそらくテレビの二時間もの犯罪ドラマのことであり、作者は通勤電車の中で読めるこの種の面白い本を、すなわち高品質のミステリー商品を、プロとして安定的に量産する、という姿勢で今回の挑戦を闘ったのではないかと考えた。
この作家の創作メソッドはシンプルで、「ミステリー小説」とは後半の着地手前でどんでん返しを有する小説のことであり、この驚きが大きいほどに、本を閉じる瞬間に向けた購読が勢いづき、ミステリー読書の充実度は上がる、と理解しているように推察された。
ミステリーの生命線はどんでん返しであり、このどんでん返しを有効にするため、前段の仕込みはひたすらに読みやすくするのがよく、文章は平易で随所にユーモアを含ませ、物語構成のパーツは卑近に、むしろ積極的にワイドショー的通俗性を持たせるのがよいと考えているふうだった。