ご記憶の方も多いでしょうが、2012年、尼崎などでの極めて陰惨で救いのない事件が報じられました。その事件の報道や詳細なドキュメント、ノンフィクションに触れて以来、少しでも何かそこに救いをもたらすような作品は書けないものかと思っていたところ、ある着想を得てミステリの形にしたものが『修羅の家』です。自分自身が、このやりきれない気持ちから「救われたかった」ということでしょう。しかし結局、当初漠然と考えていたものより(プロットは立てず「漠然と」しか考えないのはいつものことです)遙かに救いのないものになったような気はします。何が「救いをもたらす」だよ、と言われるかもしれません。しかし、現実に起きたことを考えると、どうにも安易なハッピーエンドに向かうことはできず、これが今の「精一杯」でした。
また、そうは言っても現実の事件についてその真相を抉るとか、社会派的な問題提起とか、そういうメッセージを含んだものではありません。あくまでも、事件に関心のある方でもない方でも「楽しめる」エンタテインメントを目指したものであることもまた確かです。
我孫子武丸(あびこ・たけまる)
1962年、兵庫県生まれ。京都大学文学部哲学科中退。同大学推理小説研究会に所属。新本格推理の担い手の一人として、89年に『8の殺人』でデビュー。『殺戮にいたる病』などの重厚な作品から、『人形はこたつで推理する』などの軽妙な作品まで、多彩な作風で知られる。大ヒットゲーム「かまいたちの夜」シリーズの脚本を手がける。近著に『怪盗不思議紳士』『凜の弦音』『監禁探偵』などがある。
40万人が震撼した本格ミステリの金字塔『殺戮にいたる病』が刊行されて27年。悪意に満ちた悪夢のような作品が! 尼崎などで発生した事件をモチーフに、中流家庭の家を乗っ取った“悪魔”ともよぶべき女性が登場。住人を洗脳し、支配下におく手口に驚愕です。恐怖と衝撃に満ちたミステリをぜひともご堪能ください!!