本書は2017年以降に書いた〈法月綸太郎シリーズ〉の中短編をまとめたものです。シリーズ第一作『雪密室』(講談社文庫)が1989年(平成元年)の作品なので、ちょうど初登場から30年目の新刊ということになります。
シリーズ前作『犯罪ホロスコープⅡ 3人の女神の問題』(光文社文庫)から数えると7年ぶりの本で、ぐずぐずしているうちにすっかり間が空いてしまいました。この間、遊んでいたわけではありませんが、『ノックス・マシン』(角川文庫)、『怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関』(講談社文庫)、『挑戦者たち』(新潮社)といった変化球ばかり書いていたのは、現代の日本を舞台に古風なアマチュア名探偵のシリーズを書き続けることが、ますます重荷になってきたからです。それは単に自分が年を取って頭が鈍くなり、筆力が衰えただけなのかもしれませんが。
ただ、若いうちは目もくれなかった題材に、本格の面白さを見いだせるようになったというプラス面はあるでしょう。本書は安楽椅子探偵形式に焼きなまし処理(アニーリング処理:金属を熱した後で徐々に冷やし、ひずみや硬さを低減する作業)を施したような2編を、「名探偵の晩年」という主題を扱った メタミステリー2編でサンドイッチした構成になっていますが、いずれのアプローチも血気盛んな頃には できなかったと思います。
久しぶりのシリーズ新作であることと、ややレイドバック気味の仕上がりになっていることから、今回は『法月綸太郎の消息』という気楽なタイトルにしてみました。「生存確認」と言い換えてもいいかもしれません。
ちなみに今回の推奨BGMは、前半がレッド・ツェッペリンの「ウェアリング・アンド・ティアリング」、後半が同じく「アキレス最後の戦い」。レイドバックから一番遠いサウンドですが、バンド解散目前の鬼気迫る演奏とあわせてお読みいただけると幸いです。
1964年島根県松江市生まれ。京都大学法学部卒業。在学中は京大推理小説研究会に所属。
88年『密閉教室』でデビュー。89年、著者と同姓同名の名探偵が登場する「法月綸太郎シリーズ」第1作『雪密室』を刊行。2002年「都市伝説パズル」で第55回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。05年『生首に聞いてみろ』が第5回本格ミステリ大賞小説部門を受賞。本作『法月綸太郎の消息』は講談社から刊行されるシリーズ短篇集としては17年ぶり、また「法月綸太郎シリーズ」開始30周年を記念する一冊となる。
お待たせいたしました!『雪密室』から30周年となる記念すべき年に「法月綸太郎」シリーズ最新作をお届けいたします。
今作の名探偵・法月綸太郎は、その論理の冴えはそのままに、父・法月警視が持ち込む謎だけでなく、過去の名探偵譚に隠された謎にまで挑みます。現実と創作の境がなくなるような謎解きの興奮は初体験。シリーズがまだまだ進化していることを感じさせられます。とはいえ。待ちに待ったり、とよだれを垂らして待っている(担当の私のような)読者の皆さまには何を言っても野暮かと思います。どうかゆるりとお楽しみください。