子どものころ夢中になって読んだのは、史実がからんだ冒険ものばかり。『ダルタニャン物語』『モンテ・クリスト伯』『怪盗ルパン』――父の書棚の時代小説にも、自然に手が伸びていきました。案じた父が、女性好みの柔らかい恋愛小説をあれこれ薦めてくる始末。
ところが、ひょんなことから少女小説を執筆するチャンスを得ました。未知なる海にこぎ出してから、早二十数年。読者からのお便りを羅針盤にしながら書いてきたのは、やはり、史実がからんだ伝奇物ばかり。紀元前の東地中海、三十年戦争後のドイツ、ルネサンスのフィレンツェ、中世ヨーロッパ、ローマ時代のゲルマーニア――。
そして今回、一般小説というもっと広い海で書くチャンスを頂きました。十一世紀、亡国寸前のイングランドと、対岸の強国ノルマンディー公国を舞台に、精一杯駆け抜けた青年王の人生、二人の王の王妃になった麗しき悪女の人生を、読者の皆さんに追体験していただければうれしいです。
頼もしい兄とその仲間たちに可愛がられ、誰からも愛されるやさしい王子・エドマンド。 彼が、ノルマンディーからやってきた美貌の義母に骨抜きにされた父と対立し、やがて国のために立ち上がる物語です。兄王子・アゼルスタン、その盟友・シガファース、初恋の娘・エディス、侵略者デンマーク王・クヌート、そして悪女・エマ。濃く魅力あふれるキャラクターにこれぞまさにドラマチック!というストーリー展開。エドマンドの人として、王子としての成長に胸が熱くなります。歴史小説好き、ロマンス好きドラマチック大好きな方々に楽しんでいただける作品だと確信しております。
『幸福の王子 エドマンド』に恐ろしいくらい美しく魅力的な継母として描かれているエンマ(『幸福の王子 エドマンド』には英語読みでエマとして登場)。美貌と人の心を操る技術を身に付け、兄のためイングランドを手に入れようと、たったひとり (聴罪司祭がひとり同行していますが) イングランドへ乗り込みます。悪女です。どんどん周りの人を誑し込んでいきます。魅力的です。そして彼女は知ってはいけないことをイングランドで知ってしまうのです。『幸福の王子 エドマンド』と同じ出来事、同じシーンが描かれていますが、立場が違うとこんなにも受け止め方が違うのか!と感嘆しました。両方を読んでいただくとますます厚みが出ます。でも、どちらか片方、気になる主人公を選んで読んでいただくだけでも十分に面白い小説です。