『七月に流れる花』
著者:恩田陸
定価:本体2,300円(税別)
少女が知る「夏のお城」の秘密とは。
坂道と石段と石垣が多い町、夏流(かなし)に転校してきたミチル。六月という半端な時期の転校生なので、友達もできないまま夏休みを過ごす羽目になりそうだ。終業式の日、彼女は大きな鏡の中に、緑色をした不気味な「みどりおとこ」の影を見つける。思わず逃げ出したミチルだが、手元には、呼ばれた子どもは必ず行かなければならない、夏の城―夏流城(かなしろ)での林間学校への招待状が残されていた。ミチルは五人の少女とともに、濃い緑色のツタで覆われた古城で共同生活を開始する。城には三つの不思議なルールがあった。鐘が一度鳴ったら、食堂に集合すること。三度鳴ったら、お地蔵様にお参りすること。水路に花が流れたら色と数を報告すること。少女はなぜ城に招かれたのか。長く奇妙な「夏」が始まる。
『八月は冷たい城』
著者:恩田陸
定価:本体2,300円(税別)
少年が知る「みどりおとこ」の正体は。
夏流城(かなしろ)での林間学校に初めて参加する光彦。毎年子どもたちが城に行かされる理由を知ってはいたが、「大人は真実を隠しているのではないか」という疑惑を拭えずにいた。ともに城を訪れたのは、二年ぶりに再会した幼馴染みの卓也、大柄でおっとりと話す耕介、唯一、かつて城を訪れたことがある勝ち気な幸正だ。到着した彼らを迎えたのは、カウンターに並んだ、首から折られた四つのひまわりの花だった。少年たちの人数と同じ数―不穏な空気が漂うなか、三回鐘が鳴るのを聞きお地蔵様のもとへ向かった光彦は、茂みの奥に鎌を持って立つ誰かの影を目撃する。閉ざされた城で、互いに疑心暗鬼をつのらせる卑劣な事件が続き……? 彼らは夏の城から無事に帰還できるのか。短くせつない「夏」が終わる。
2003年7月、本の復権を願い「かつて子どもだったあなたと少年少女のための」を合い言葉に創刊された。
綾辻行人、島田荘司、田中芳樹など豪華執筆陣の子ども向け新作書き下ろし、AD祖父江慎による豪華装丁(特製函入り、カラークロス貼り)、カラー口絵や二色挿絵も大きな特徴。
稀代のストーリーテラー・恩田陸さんの新作『七月に流れる花』と『八月は冷たい城』が、2冊同時刊行される。両作の舞台は、招かれた子どもは必ず行かねばならないとされる「夏の城」。その城の謎に、『七月~』は少女側から、『八月~』は少年側から迫るという構成で、恩田さんが仕掛けた極上のミステリーをたっぷり楽しめる。両作が雑誌連載された際に担当した文芸第三出版部・栗城浩美と、書籍化を担当した同・丸岡愛子と共に、この2つの作品について語り合った。
「ミステリーランド」シリーズの完結作
丸岡 | 今回の2作は、2003年にスタートしたレーベル「ミステリーランド」全30巻の最後を飾る作品でもあります。 |
栗城 | 「かつて子どもだったあなたと少年少女のための」を合い言葉に、弊社の宇山日出臣(うやまひでおみ)(故人)が立ち上げたレーベルで、綾辻行人さん、島田荘司さん、田中芳樹さんなど人気ミステリー作家が、子ども向けに新作を書き下ろしてくださいました。 |
恩田 | 宇山さんは名物編集者と言われ、「この本も、あの本も宇山さんが手がけたのか!」という方でした。私がよく覚えているのは「世界ショートショート傑作選」というシリーズ。子どもの頃に読んで、ものすごいインパクトがありました。私も含めて「ミステリーランド」の執筆陣は、宇山さんが手がけた本を読んで育ったので、「そういった作品に匹敵するものを!」という思いで書いたと思います。今回の2作は私にとって、宇山さんへの恩返しという意味もあるんです。 |
栗城 | 宇山さんが亡くなって、もう10年になります。 |
恩田 | 「ミステリーランド」の創刊当時、宇山さんは執筆予定だった作家全員に、一冊の本を送ってきました。ドイツの作家エーリヒ・ケストナーの『わたしが子どもだったころ』です。ケストナーが自身の生い立ちや親のこと、印象的な先生のことなどを綴った自叙伝で、私は今回の作品を、子どもの頃の自分に向けるつもりで書きました。 |
丸岡 | 恩田さんの2作は、宇山さんからの依頼に、まさにど真ん中のストレートで応えてくださっています。 |
恩田 | 子どもに向けてはいるのですが、それほどやさしい言葉を使って書いたわけではありません。内容も残酷で過酷。暗い話なのですけれど、子どもって意外とダークなものが好きですよね。私も好きでしたし。「世界は見た目通りの美しいものじゃない」ということに、子どもたちは薄々感づいている。だから、そういうきれいごとじゃない話として書いたつもりです。実際に「ミステリーランド」の作品は、子どもにとってトラウマになりそうな話が多い(笑)。 |
丸岡 | 大きく2つのタイプに分かれていませんか? |
恩田 | 児童文学らしく美しく終わるタイプと、「読んで驚け!」みたいな話と(笑)。私も子どもの頃、物語はハッピーエンドが当たり前だと思っていたところに、ミステリーを読んだらバッドエンドやデッドエンドが出てきて。最初にそういったものを読んだときの衝撃は、今でもよく覚えています。それと同じものを今の読者にも感じてもらいたいというのが、どこかにあったと思いますね。 |
栗城 | ほとんどの漢字にルビを振っているので小学生から読める仕様ですが、年齢を問わずに楽しめる物語になっているところが「ミステリーランド」の特長だと思います。今回の恩田さんの作品は、夏休みの林間学校が舞台になっていますが、「小学生の夏休み」という設定で描いた方が、ほかにも何人かいらっしゃいました。 |
恩田 | 子どもの頃、夏というのは特別な時間で、とても大事な季節ですよね。1年のうちでも、夏休みってぽっかりあいた空間なんです。どこかへ行って、ちょっと特別な体験をして、また日常に戻ってくる、みたいな。夏休みは、異空間的で非日常の場所の象徴でもあると思う。 |
丸岡 | その感覚を物語化してくださっているところが、恩田さんの素晴らしいところだと思います! 夏休み独特の、湿度の高い、秘密めいた空気がどちらの作品にも漂っています。 |
栗城 | 当初、この2作は女の子と男の子のバージョンに分かれていて、季節は7月と8月、そしてダークファンタジーということだけが決まっていました。で、『七月~』の連載が終わり、『八月~』のほうを書かれている途中で、恩田さんは「わかった、こういう話だったのよ!」っておっしゃいましたよね(笑)。 |
恩田 | 私は書きながら考えるタイプなので、書いてみるまでわからないんです。「こういう世界なんじゃないかな」と思いながら書いていましたが、実際にわかったのは後半に入ってからでした(笑)。 |
栗城 | この物語のキーになる登場人物に「みどりおとこ」がいます。以前「小説現代」に書いていただいた短編『淋しいお城』に、「みどりおとこ」は出ていたんですよね。 |
恩田 | 今回の作品の予告的なつもりで書いたのは覚えています。実はこの2作とリンクしているということは、当時からわかっていたんです。 |
丸岡 | そしてついに結実したわけですね。恩田さんらしいミステリーとしての魅力があり、少年少女が過ごす夏休みのドキドキするような冒険もあり、2冊同時刊行! とても読み応えのあるものになりました。 |
子どもたちに、いいものを届けたい
栗城 | 「ミステリーランド」は、装丁も特徴のひとつになっています。全作品をブックデザイナーの祖父江慎(そぶえ・しん)さんが手がけていますが、今回も力作です。創刊時は、祖父江さんが企画会議に出向いてプレゼンをし、ハイスペックで豪華な装丁を実現させたそうです。 |
恩田 | このレーベルは、宇山さんと祖父江さんの並々ならぬ情熱が絡み合ってできたものなんですよね。 |
丸岡 | 背表紙にはオリジナルに色染めした布が使われていて、そこに紙をつないで製本しています。 |
栗城 | 「継(つ)ぎ表紙」と呼ばれる方法です。いまや失われつつある技術で、全国でも数人しか作れる方がいないと聞きます。 |
恩田 | だいぶ前の純文学作品などに使われていましたが、今はなかなか見ないですね。「早く出さないと作れなくなっちゃうかもしれないよ!」って言われていたくらいです。 |
栗城 | さらに表紙の文字は箔(はく)押しで、特製函入り。貴重な造本です。「子どもたちにいいものを読んでもらいたい」という思いから、ものとしても大事にしてもらえるように、というこだわりが詰まった本です。 |
丸岡 | いろいろな方に手にとっていただきたいですね。クリスマスプレゼントにも最適だと思います。 |
恩田 | その季節に、なんとか間に合いましたね!(笑) |
酒井駒子さんの挿絵にもご注目を!
丸岡 | 「ミステリーランド」は、ロゴ以外は一冊一冊、タイトルのフォントや目次の仕様まですべて異なる、オリジナルのデザインになっています。 |
恩田 | こういう本が作れるのは本当にぜいたくだし、ありがたいことだと思います。 |
丸岡 | 通常の文芸作品にくらべると、挿絵が多いのも特徴です。恩田さんは当初から、表紙と挿絵を酒井駒子さんにお願いしようと決めてらしたのですよね? |
恩田 | 酒井さんの絵は、甘さと暗さのバランスが本当に良くて、以前からファンだったんです。今回の話の内容にもぴったりだなと思って、お願いしました。 |
栗城 | 絵本作家としても非常に人気がある方ですね。 |
丸岡 | 酒井さんからは、「どのシーンを描くかも含めて、お任せいただいたほうが今回は合うと思う」と言っていただきました。 |
恩田 | 実際、素晴らしいものになりました。「なるほど、酒井さんはこのシーンを描くのか!」と、見るのが楽しみで興味深かったですね。 |
栗城 | 『七月~』の表紙には、主人公の女の子と、駆ける少女たちの後ろ姿が描かれています。一方、『八月~』には、主人公の男の子と、暗闇の中に咲く大きなヒマワリが描かれています。どちらも素晴らしいです。 |
丸岡 | 『七月~』の函に描かれた「水路を流れる花」は、この物語の舞台である「夏の城」の謎めいたルールにも深く関わっています。物語を象徴する存在なんですよね。 |
栗城 | 少年少女たちには、「鐘が1回鳴ったら、集合する」「鐘が3回鳴ったら、お地蔵様にお参りする」「水路に花が流れたら、その花の色と数を報告する」というルールが課せられている。「夏の城」で唯一守らなければいけないルールだけれど、何のためにやるのかは読み手もわかりません。『七月~』の主人公の少女ミチルは、転校生でこの町に馴染みがないから、そこに疑問を持つわけですね。『八月~』は、少年たちがさらに、その世界の秘密を探っていく展開となります。 |
丸岡 | 残酷さのあるお話ですが、明かされていく世界の秘密や、少年少女が向き合う事件の切実さや重さは、トラウマになるというよりも、読者自身がやがてそういう問題と向き合うときに、支えとなるようなものではないでしょうか。 |
恩田 | 自分が12~13歳の頃に読みたかったものを書きましたが、大人の読者にも読み応えのあるものになっていると思います。 |
栗城 | まさに「ミステリーランド」の堂々たる大団円ですね! |
1964年宮城県生まれ。第3回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』で92年にデビュー。2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞と第2回本屋大賞、2006年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集賞を受賞。他の著書に『夢違』『夜の底は柔らかな幻(上・下)』『EPITAPH東京』『ブラック・ベルベット』『消滅 - VANISHING POINT』『タマゴマジック』などがある。ミステリー、ホラー、SF、ファンタジーなどあらゆるジャンルで、魅力溢れる物語を紡ぎ続けている。
愛知県生まれ。ブックデザイナー。アートディレクター。小説、漫画、人文書などの書籍の装丁やデザインを幅広く手がける。意図的な乱丁や斜めの裁断など、装丁の常識を覆すデザインで注目を集める。「ミステリーランド」全タイトルのアートディレクションを手掛ける。コズフィッシュ代表。近著にブックデザインの仕事をまとめた『祖父江慎+コズフィッシュ』がある。
兵庫県生まれ。東京芸術大学美術学部油絵科卒。2004年『きつねのかみさま』(文:あまんきみこ)で第9回日本絵本賞、2005年『金曜日の砂糖ちゃん』でブラティスラヴァ世界絵本原画展金牌賞、2006年『ぼく おかあさんのこと…』でフランスにてPITCHOU賞、オランダにて銀の石筆賞、2009年『ゆきがやんだら』で銀の石筆賞、『くまとやまねこ』(文:湯本香樹実)で第40回講談社出版文化賞絵本賞を受賞。作品に『よるくま』『ロンパーちゃんとふうせん』『BとIとRとD』『はんなちゃんがめをさましたら』などがある。絵本のほか、書籍の装画など幅広い分野で活躍をしている。
あらゆるジャンルで魅力溢れる物語を紡ぎ続ける人気作家、恩田陸さん。最新作は「ミステリーランド」完結作品として2作同時に刊行されます。本作は、招かれた子どもは必ず行かなければならない「夏のお城」が舞台。『七月~』は少女側から、『八月~』は少年側からその秘密に迫ります。恩田さんが仕掛けた極上の謎に唸ること必至。酒井駒子さんの、不穏さ漂う美麗な絵も多数収録されます。自分で楽しむのも良し、贈り物にするのも良しの傑作です!