加藤元浩 Motohiro Kato
『捕まえたもん勝ち! 七夕菊乃(たなばた・きくの)の捜査報告書』執筆のきっかけを教えてください。
加藤元浩氏(以降、加藤) 以前、『Q.E.D.-証明終了-』に「火サス刑事(デカ)」というキャラクターを登場させました。(※21巻)そのときに、「書類刑事」という書類専門の刑事も思いついて、いつか書ければと思っていたんです。ただ、捜査報告書を漫画で出すとただの「絵」になってしまい、うまく形にできなくて。逆に、小説なら活かせるのではないかと発想しました。
七夕菊乃(以降キック)という新人女性刑事を主人公にしたのはなぜですか?
加藤 当時NHKラジオ第2放送で放送されていた朗読『赤毛のアン』や『若草物語』を、耳で聞いて面白さを再発見したんです。
「こうなりたい」という強い願いを持った女性主人公が好きなんです。キックのキャラクター造形につながりました。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の主人公・レイもそうですね。冒頭で彼女はずっと「なにか」を待っています。「なにか」が一体なんなのかは本人も知らないのですが、確信を持って待つ姿に惹かれました。
キックが元アイドルという設定も印象的です。
加藤 僕自身がアイドルファンというわけではないのですが……。執筆を始めたころはちょうど、地域アイドルがたくさん活躍し始めた時期でした。しかしキック自身は、アイドルになることを望んでいない。あくまで生活のためなんですよね。
キックを描くときにこだわった点を教えてください。
加藤 僕が好きなタイプの女性を描くこと。漫画に登場する女性キャラクターにも通じると思います。可奈(かな)にも立樹(たつき)にも、もしかしたらマウにも。
漫画では、賢い少年たちが主人公をつとめています。
加藤 少年は変人だけど天才、彼を制する役割は少女が担うという組み合わせは共通しています。
ミステリ小説を書こうと決めてから、どういうアプローチをしたのでしょうか?
加藤 『Q.E.D. iff-証明終了-』も『C.M.B. 森羅博物館の事件目録』も、漫画を描く前に文章でプロットを書いて、編集者と打ち合わせをします。だから文章を書くことに抵抗はありませんでした。小説はその文章を書く作業を延長したものだろうと想像していたんです。
漫画一話に対して、どれくらいの分量のプロットを書くのですか?
加藤 『C.M.B.』がA4用紙四枚くらいですね。『Q.E.D. iff』は八枚ほどです。
小説を書くのと似ていましたか?
加藤 いいえ、実際はかなり違いました。小説用のプロットはずっとノートに書いていたのですが、最初はとにかく試行錯誤だらけ。なかなか形になりませんでした。だから、読み易いと感じていた作家さんの作品を読み返してみたんです。
どなたの小説を?
加藤 北杜夫(きた・もりお)さんの『白きたおやかな峰』や『輝ける碧き空の下で』です。ページを捲る手が止まらなくて……文章がとても読みやすい。こういう文章を目指さなければいけないと思いました。
ラジオ番組で北杜夫さんがご自身の本を朗読している音源も聴くことができました。読みやすい文章は朗読にも適しているのだなと感じます。
それから、ご自身の小説執筆も進めていったのでしょうか?
加藤 ええ、ようやく完成しましたが、僕が目指している物語にできているかどうかは、読者の人にしか決められないと思います。「読みやすかった」「楽しめた」と言っていただけたら、ものすごく嬉しいですね。
小説を書くことと漫画を描くこと。違いはありましたか?
加藤 いっぱいありますよ。それこそ、絵で見せれば済むことを、逐一言葉で表現しなければいけないことは大きな違いでしょう。さらに、小説は確認作業が大変でした。漫画は画面全体で確認できるけど、小説は一文ずつ追わなければならない。
話の構成についてはいかがですか?
加藤 まったく違います。下から積み上げていくのが小説で、一度考えたストーリーを再構成して、見せ場を作るのが漫画だと感じました。
「下から積み上げていくのが小説」というのはどういうことですか?
加藤 卵から孵(かえ)すようなイメージですね。文章を書きながらキャラクターを育てる感覚がありました。漫画は違う。最初からキャラクターが完成していて、読者に見せるもの。だから、この小説をそのまま漫画にしても、決して面白くならないでしょう。
いわゆる「キャラクターが勝手に動き出す」という感覚はあるものですか?
加藤 むしろキャラが動いてくれないと書けない。『捕まえたもん勝ち!』では、冒頭のシーンでどうしても動き出しが悪くて……他のキャラクターと絡めて、ようやくキックが動き出しました。
特に気に入っているキャラクターは誰ですか?
加藤 アンコウです。嫌味なやつだな~、と作者ながらに楽しく書きました。勝手に周囲に喧嘩を売ってくれますしね。
キックの恩師である屋根先生や竹林先生も印象的でした。
加藤 屋根先生は大事なことをいろいろキックに教えてくれる、まっとうさを示してくれるキャラクターです。「世の中には、役立つことを教えてくれる人がきっといるよ」ということは、僕自身の考えでもあります。
月刊誌と隔月刊誌で二本連載を続けて、取材旅行にも行かれています。どうやって執筆時間を捻出したのでしょう?
加藤 『捕まえたもん勝ち!』のプロットを最初に書いたのは、アラスカに向かう飛行機に乗っていた時なんです。
えっ!?
加藤 あとは、電車に乗っている時間や、夜中の空き時間を使って原稿を書き上げました。
その空き時間は、漫画のネタを探しているのではないのですか?
加藤 その時は、新しいことをしたいという気持ちが強かったですね。意外に、始めることは簡単なんです。続けることの方が難しい。
創作の原動力は何でしょうか?
加藤 僕が描いているものがミステリだから、ではないでしょうか。「ネタを見せたい」と思ったときに、他の人に見てもらうためにはまず完成させるしかない。要は、「この手品を見せるには最後まで完成させるしかない」という必然性それが原動力だと思います。読んでくれる人たちを驚かせたいという気持ちがあればずっと描き続けられます。
ネタ帳はあるのでしょうか?
加藤 ありません。逆に、ネタ帳があったら、ミステリを作れなくなっちゃうかもしれません。
なぜでしょう?
加藤 物語を作っていく過程で、それに合わせたトリックが必要になることの方が、圧倒的に多いからです。数を描こうと思ったら、臨機応変にトリックを作れた方がいいでしょう?
圧倒的な量のミステリを創造するコツはそこにあるのでしょうか?
加藤 生産量の理由はそうだと思います。臨機応変さが大事です。
以前、アイディアが生まれるまでの心境を、「砂漠で奇跡の雨を待つ男」に喩えていらっしゃいました。その後、「井戸を掘る」心境に変化したと仰っていましたが、今はいかがですか?
加藤 そうですね……井戸を掘るために、事前に山全体を見渡して、木の位置なども把握してから掘るようになりました。ただ掘るのではなくて、周りの状況を観察することが大事だなと思うようになったんです。
経験を積まれたからでしょうか?
加藤 おそらくそうなのでしょうね。『ライト、ついてますか問題発見の人間学』という本、ご存じですか? 難題にぶつかったらまず答えを探すのではなくて、何が問題なのかを考えなさい、という非常に面白い本です。
燈馬(とうま)君の思考に似ています。
加藤 そうそう。僕も問題の本質がどこにあるのかを常に考えています。
インプット作業は意識的にされているのですか?
加藤 映画は意識して観るようにしています。小説を書くようになってから少し時間は減りましたけど、年三、四十本は観ますね。
ほかに、創作活動のために実践していることはありますか?
加藤 みんながしていることはあえて追わないようにしています。たとえば、テレビはほとんど見ません。逆に、ラジオドラマや朗読はしっかりチェックします。好きなのはもちろん、誰に話しても珍しがられますから。
テレビを見ないと、こんなこともあります。そのときに流行っているお笑い芸人のネタを見ても、自分はわからない。そうすると、その芸を見て火がついたように笑う人たちの方がむしろ変に見える……催眠術にでもかかったのかって。
インプットをし続けられる原動力は何でしょうか?
加藤 やっぱり、「自分の面白い」にこだわってることかと。たとえば、同級生に合わせて毎日ファーストフードに通ってポテトばかり食べていた高校生がいるとしますよね? その子が卒業するときに、「将来は一流のシェフになりたい」と言ったら「君は、得たものと失ったものがある」と彼に伝えざるを得ない。級友と同じ時間を過ごせないとしても、一人で色々美味しいものを食べ歩く子の方が、オリジナリティのあるシェフになるには近道でしょう。僕は後者でありたいと思う。だって作家って、そういう商売でしょう? 創作して生活していきたいなら、ほかの人と同じことばかりしていたら太刀打ちできませんよ。
これから『捕まえたもん勝ち! 七夕菊乃の捜査報告書』を読んでくださる方に、一言メッセージをお願いします。
加藤 とにかく楽しんでください!
ミステリ漫画家として活躍している漫画家・加藤元浩さんの、初めての書き下ろし小説が刊行となります! 長年ミステリ漫画二作品を並行して連載している加藤さん。代表シリーズの「Q.E.D.」は、連載十九年というロングヒット作品で、数学の謎から世界情勢にまつわる謎まで、毎話感激するほど面白くて夢中で読んでいました。そんな加藤さんが、ご自身のtwitterで「小説を書き上げた」と呟くのを見て、慌ててご連絡を差し上げたところ、新たな挑戦として長編小説を書いていたと伺い、刊行に繋がりました。加藤先生のミステリ漫画にある、謎の面白さ、キャラクターのまっすぐな魅力は、小説版でもしっかり描かれています。そして、小説ならではのトリック、試みがさらに詰め込まれているのが、『捕まえたもん勝ち! 七夕菊乃の捜査報告書』です。ぜひお読みください! 一気読み必至の面白さです!