『やがて海へと届く』
著者:彩瀬まる
定価:本体1,500円(税別)
著者よりみなさまへ
このたび、私の二つ目の長編小説が完成いたしました。
震災発生日の深夜、吸い込まれそうなくらいに黒く、深い、明かりが一つもなくなった町を高台から見下ろして以来、私の中にはいつも、冷たい石のような不信が残っていました。
家族になにかを聞かれるたびに「真っ暗だった」と言いました。目に映った景色も、積み上げてきた人生も、それまで漠然と抱いていた、自分がこの世から歓迎されているという期待も、すべてが「真っ暗でなにもない」と感じました。
真っ暗のままもとの暮らしに戻り、一人の大人として生きていくのは辛かった。なので、私には私を回復するための物語が必要でした。
この物語には死者が出てきますが、あの震災で亡くなった方々を悼んだり、その思いを空想したりと、そういう意図で書いたものではありません。
私が「真っ暗」に人生を乗っ取られず、回復していくために必要なものはなんだろうと、それだけを考えて書いたお話です。
この物語が、ある一つの回復の過程として、同じような暗闇に悩む方々をほんの少しでもお手伝いできたなら、とても嬉しいです。
生きて帰って以来、これだけはどうしても伝えなければいけない、とずっと思っていたことを一生懸命書きました。どうか受け取って頂けますよう、お願い申し上げます。
彩瀬まる
デビューから6年経ちましたが、気持ちに変化はありますか?
6年前は「こういう感覚が書きたい」と思っても「具体的にどう書けばいいのかわからない」と入り口のわからない森を前に途方に暮れることが多かったのですが、冊数を重ね、色々な編集さんにお会いし、様々な道の拓き方を教えて頂くにつれてだんだん「こんな言葉を選べばいい」「こんなシーンを組み立てればいい」と森の進み方が多少はわかるようになってきました。
そうなると、より難しいテーマにも取り組みやすくなって、どんどん書けるものが増えていくのが、毎日とても楽しいです。
今までの人生で、一番感銘を受けた作品は何ですか?
一番というと、とても難しいのですが……。
今の私の作風につながる意識の種を、もっとも初めに撒いてくれた作品はなんだろうと考えて、出てきたのが、宮城谷昌光さんの『小説・伊尹伝 天空の舟』です。
中学生の頃、教科書の陰でたくさんの小説を読んでいました。その中でも『天空の舟』は特に印象に残っています。
古代中国を舞台にした小説は、当時の私にとってかなりハードルの高い読書でした。けれど読み始めて数ページでもう、止まらなくなりました。
なによりも描写があまりに美しくて、生々しくて、いつもの教室のいつもの机についているのに、脳みそだけが古代中国で洪水に飲まれ、戦場の剣戟に惑い、荒野の土埃にまみれているような、架空の世界が現実を凌駕する、初めての体験でした。
物語前半の山場、絶望した主人公が天にむかって「死ねばよろしいのです。(略)あなた様も、わたしも、ここで死んだほうがよいのだ」と叫ぶシーンはまるでドラマで観たかのように、映像として私の中に残っています。そのとき登場人物を打っていた雨の強さも、濡れた衣服の重さも、空の暗さも、悲嘆の声も、ぜんぶ想像してしまうほど物語にのめり込んでいました。
的確な描写というものがどれだけ幸福な読書を生むか、体感させてもらったのがこの本です。
物語が生まれるまでの、きっかけなどを教えてください。
ほとんど意識していないくらいの、日常の「あ」とか「お」とかいった驚きが多いです。
特に自分や周囲の人の、「こういう時にこういう反応が出るんだ」といった小さなことから始まって、「こういう反応が出るということは、前提としてこういう思考があって」「その思考の土壌となるのはこういうもので」となんとなく分解して考えていくうちに、なにかしらの奇妙なもの、説明しがたいものがコロッと見つかって、じゃあそれについて書いてみよう、となります。
あとは、編集さんとの打ち合わせの中で思いつくことも多いです。
担当編集さんは第一の読者でもあるので「この人がすごく面白く読んでくれるのはどんな話だろう」と考えたり、体験や生い立ちを聞きながら「こういう話への反応がすごく強いな、なぜだろう」と編集さんの脳や人生を借りたりして、物語の種を探していきます。
『やがて海へと届く』を書いている中で、一番困ったことは何ですか?
死者の取り扱いです。ネタバレになってしまいそうで、あまり書けないのですが……。
生者にとって都合のいい死者にはしない、死者を拡大もしないし縮小もしない、そのためにはどうすればいいのか、最初から最後まで模索していました。
今後、どのような作品を書いていきたいですか?
本作を書いている間に、特に感じたことです。
目に映るもの、誰が見てもそこにある確かなものだけを書くのではなく、目に映らないもの、信じることに胆力が必要なもの、あると信じることで人生を少しずつ変えるもの、そういうものへ向かう作品を書いていきたいです。
彩瀬まる(あやせ・まる)
1986年生まれ。2010年「花に眩む」で第9回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』(新潮社)『骨を彩る』(幻冬舎)『神様のケーキを頬ばるまで』(光文社)『桜の下で待っている』(実業之日本社)がある。自身が一人旅の途中で被災した東日本大震災時の混乱を描いたノンフィクション『暗い夜、星を数えて 3・11被災鉄道からの脱出』(新潮社)を2012年に刊行。
デビュー作である被災記「暗い夜、星を数えて 3・11被災鉄道からの脱出」と対をなす長編でもある本作。
2011年3月11日、一人旅の途中の福島で被災された彩瀬さんが、あの時抱いた言葉では簡単に言い表せない感情に、2年間にわたり向き合い、震災から5年を迎える今年に物語として形にしました。
『やがて海へと届く』のキーワードは「歩く」です。
死んでしまった人、生きて残された人、両者が救われるには、どんな道を辿り、歩いていけばいいのか。
物語を読みながら読者のみなさまにも、主人公たちと一緒に歩いて、みなさまにとっての救いの道を探してもらえたら、と思います。
今を生きる心にとって過去の「あの時」は、時を経るにつれて掌にすくった砂のように落ちていく。彩瀬さんはその一粒に対して、いつでも真摯に向き合ってきた方だ。本作を読んで著者が汲み直したその想いを、ぜひ感じて頂きたい。小さくとも確かな「何か」を見つめ直すことができるはずだから。 大盛堂書店 山本亮さん
喪失とともに生きる彼らの丁寧に重ねていく想いと言葉の数々に、知らぬ間に涙が出てきて止まりませんでした。 SHIBUYA TSUTAYA 内山はるかさん
普段本は一気読み!の私が、少しずつ少しずつしか読みすすめられず、それはまるで、心の中のもつれてしまった何かをゆっくりときほぐすかのような体験をしました。
きっと、私の中の「真っ暗」もゆっくり分解され吸収され、私の一部となったのでしょう。 紀伊國屋書店 梅田本店 小泉真規子さん
ある日突然、あなたを失ってしまったとき。そんなの当事者にしかわからないことかもしれない。
暗いものから逃れることもできず、悲しみ抜くこともできない。いつかもし、暗闇の中に取り残された時この本が間違いなく私の道しるべになる。 TSUTAYA 寝屋川駅前店 中村真理子さん
深い深い悲しみをそおっとうめてくれるような優しい小説です。 大切な人を失う悲しさは、どうしてもうめられないものだけれども、忘れなくても少しずつ、癒やされていくものだと思いました。 人の心によりそえる一冊、そんなふうに思いながら読みました。 有隣堂 伊勢佐木町本店 佐伯敦子さん
この物語は本当の悲しみを知る者たちの清らかな灯となるだろう。
静謐にして雄弁、身体全体に染みわたる深遠な文学性をたたえた作品だ! 三省堂書店 営業企画室 内田剛さん