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講談社ノベルス

『誰がカインを殺したか
 桜井京介returns』

著者:篠田真由美
定価:本体960円(税別)

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 元来が神聖な宗教テキストである『旧約聖書』を、ユダヤ教徒でもキリスト教徒でもない人間が敢えて物語として読むのは、あまり行儀のいい仕業ではないかも知れない。だが、そこには人間というものの背負う「業」とでもいうしかないものが、実に生々しく表出されていて、時と風土を遥か隔てても少しの違和感もない、この「変わらなさ加減」はいったい何事だろうと怪しんでしまうくらいなのだ。

 無論そうした感慨は、古典文学をひもとくときしばしば感じるもので、例えば日本の『源氏物語』を読んでも、社会や習慣の差異を超えて、変わらぬ男女愛憎の機微の生々しさに打たれる、ということはある。だが、『旧約聖書』にはあって『源氏物語』にはないもの、それが肝心だ。これまた多くの日本人にとっては無縁、といってしまっていい存在で、しかしそのものこそ『旧約聖書』全体の真の主人公であり、叙述された最初の殺人、カインの弟殺し事件の真犯人だったのではないか、というのが、今回の短編集『誰がカインを殺したか 桜井京介returns』の表題作の、当初予定した真相(こじつけともいう)で、 ところが書いている内に最後でもう一度真相がくつがえって、その背後にあった「真犯人」が登場してしまった。ネタバラシ注意報につき、隔靴掻痒な表現になってしまいますが、悪しからず。

 個人的な思い出話をひとつ。作中には重要なモチーフとして水琴窟が登場する。子供の時に住んでいた家の庭にはこれがあったらしい。だが自分が物心ついた頃はすでに音を立てなくなっていて、水琴窟という名も知らぬまま、ただ「ここに水を注ぐと下から音がしたのだ」とだけ聞かされ、幼な心に「変なの」と思った。その記憶が砂漠の下を流れる地下水路のように、意図したわけでもなくひょっと顔を出した。
『旧約聖書』とはなんの関わりもないなあとは思ったものの、しかしこの水琴窟というやつ、改めて考えてみれば、起源は知らぬがどこか異国的な匂いがする。イスタンブールの巨大地下貯水池、あの空間を極小に圧縮したような、水量豊富な秋津島の風土に似合う発想ではない気がするのだ。灼熱の乾燥地帯の民が、陽射しを逃れた地下に広がる水とそこに滴る水滴の音色を愛でるかのような感じ─これもこじつけだろうか。

PROFILE

篠田真由美(しのだ・まゆみ)
1953年、東京都本郷生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。専攻は東洋文化。
91年に『琥珀の城の殺人』が第二回鮎川哲也賞の最終候補となり、翌年、東京創元社より刊行。94年に刊行された『未明の家』から始まる「建築探偵桜井京介の事件簿」シリーズで人気を博する。著作に「龍の黙示録」シリーズ、「北斗学園七不思議」シリーズ、「黎明の書」シリーズ、『ホテル・メランコリア』(PHP研究所)、『アベラシオン』『緑金書房午睡譚』『さくらゆき』(いずれも小社刊)などがある。

 世界最古の殺人事件、カインによるアベル殺しをモチーフに描かれた表題作、ギリシャ神話を扱う「柘榴(ざくろ)の実、三粒(みつぶ)」。篠田作品らしい凛々しさと美しさにプラスオンされる桜井京介や蒼(あお)、神代(かみしろ)教授たちの優しい視線。大人になった彼らは、自分たちが潜り抜けてきた体験を通して何倍も優しい人になっているなと感じています。

 某有名探偵ドラマについての考察も楽しい「コックリさんと喫煙と十四歳の研究」など全4編、どうぞお楽しみください。

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