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『身元不明(ジェーン・ドゥ) 特殊殺人対策官 箱﨑ひかり』古野まほろ

『身元不明(ジェーン・ドゥ) 特殊殺人対策官 箱﨑ひかり』
著者:古野まほろ
定価:本体1,700円(税別)

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2020年の東京オリンピックを機に開発された東京都湾岸区。東京24番目の区の誕生とともに敷設された東京メトロ湾岸線の駅構内の水槽で、左耳を切断された身元不明の水死体が発見される。同じ水槽内でみつかった耳は別人のもの―。警視庁警視・箱﨑ひかりは定年間近の万年巡査部長・浦安圭吾をパートナーに指名し、捜査に乗り出す。翌日を待たず、第二の事件が発生。親子ほどに年齢の離れた二人のコンビが真価を発揮しはじめるとき、殺人犯を追っているのが自分たち刑事だけでないことが明らかになる。

著者コメント

小説は、嘘を書くもの。
警察小説も当然、嘘を書くもの。

ただ、嘘には嘘のクオリティとバランスが必要です。特に警察小説では、そのことが顕著です。

しかし、この警察小説ブームのなか、『チープなデタラメ』と『トリビアルなマニア主義』、この両極が蔓延していると思うのです。

『チープなデタラメ』における、知らなさ過ぎるがゆえの嘘は、読者を侮辱するもの。デタラメとしてのクオリティが著しく劣悪です。時流に迎合した、『オヤジ専用ライトノベル』と評するべき安易さ。量的にはもちろん、こちらが圧倒的です。

『トリビアルなマニア主義』における、知り過ぎたゆえのクソリアリズムは、作者の自己満足。エンタテイメントとしてのバランスを著しく失しています。『回顧録小説・職歴小説・暴露小説』と評するべき創造性の欠如。小説である必然性がまるでない。

そもそも、警察小説を書くということは、
・クソリアリズム、クソトリビアリズムを踏まえた上で
・嘘と実態のバランスを経験から生まれるセンスで調整しながら
・最適解としての『クオリティあるデタラメ』を提供する
ことです。換言すれば、『熟知していながら、真実に引きずられることなく、説得力ある大嘘を吐く』のが、真の警察小説書き。これは必然的にそうなります。徹底して実態を知らなければ、それをベースにした大嘘は、吐けないからです。

警視庁の新しい所属を考えてコンビ刑事を出す…このニワカのテンプレが大流行ですが、これとて、ドラマとネットベースの素養では、『説得力ある大嘘』など、吐けるはずがない。だから警察官は、警察小説も警察ドラマも忌避します。5行に一度、3分に一度イラッとさせられ、ツッコミを入れたくなる『下手な嘘』ばかりだからです。

これは、小説家の堕落でしょう。

それを小説家、しかも警察官出身の小説家として真摯に反省し、この作品を書きました。
リアルを知り尽くした上での大嘘。それができるミステリ作家は少ないですし、私はその数少ない候補のひとりです。
チープなデタラメでなく。
クソリアリズムの自己満足でなく。
そして何よりも、フェアな謎解きのよろこびを感じていただけるように。

警察官の知識経験能力、本格ミステリ書きのノウハウと伝統芸を、この作品にこめました。警察小説は『オヤジ専用ライトノベル』ではない。そんじょそこらのヒョロいモノカキに書けるものでもない。

結果を、どうぞ御覧ください。

profile

古野まほろ(ふるの・まほろ) 東京大学法学部卒業。リヨン第三大学法学部第三段階「Droit et Politique de la Sécurité」専攻修士課程修了2007年に『天帝のはしたなき果実』で第35回メフィスト賞を受賞し、デビュー。以降、長編推理小説を次々に発表。近著に『セーラー服とシャーロキエンヌ』『六億九,五八七万円を取り返せ同盟!!』『その孤島の名は、虚』『外田警部、TGVに乗る』などがある。

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綾辻行人さんコメント

東大卒の元警察庁キャリアであり、現実の警察組織を内部から知り尽くしている古野まほろがあえて挑む、近未来のリアル東京を舞台にした本格的な警察小説。――なのだが、随所にこの作者ならではの〝ねじれ〟が組み込まれていて、彼の手にかかると「警察小説」もこうなってしまうのかと、たいへん愉快でなおかつ興味深い。根幹にあるもののひとつはむろん古野の、業とも云える「本格ミステリ作家性」だろう。
発生する猟奇的な連続殺人は島田荘司『占星術殺人事件』を彷彿とさせつつ、当然のように中井英夫『虚無への供物』への接近も見られる。謎の構えや精密な論理(ロジック)はもちろんのこと、ゴシック&ロリータの〝鎧〟をまとった型破りなヒロインもすこぶる魅力的である。
いくつもの意味で「過去」「現在」「未来」を包含する、古野だからこそ為しえた心躍る達成だと思う。

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有栖川有栖さんコメント

元警察庁キャリアにしてリアルな現場をいくつも踏んだ作者による警察小説、というだけで興味は尽きないのだが、何の因果がこの作者は本格ミステリの魔に憑かれている。

ならばこの小説『身元不明』は警察小説×本格ミステリかというと、答えはイエスにしてノーだ。二つの器をなみなみと満たした後、古野ミステリはそれらから溢れ出して私たちを瞠目させるのだ。

トリッキーにしてダークにして痛快。

あなたは新しい読書を体験する。

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担当者コメント

古野まほろさん、5年半ぶりの講談社での作品はなんと、リアリズム警察小説×本格ミステリがガチで競演です! 冒頭から起こる不可解きわまりない事件、息もつかせぬ展開、警察内部のリアリティあふれる描写、読み応えある推理、主人公対犯人の駆け引きなどなどでページをめくる手が止まりません。そして読後感は……秘密です。これまでの作品を読んでいる方にも、はじめての方にもみなさんに自信をもっておすすめします。……お帰りなさい、古野さん。

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