今まで警察を舞台にミステリーを書かれてきましたが、今回「救急隊」を主人公に選ばれた理由をお聞かせください。また、何かきっかけになるエピソードなどがありましたら、ぜひ教えてください。
自宅の近くに病院があるため、以前から救急車のサイレンをよく聞いていました。あるとき「そういえば、救急隊が出てくるミステリーはあまり読んだことがないな」と思って調べたところ、国内・国外を問わず、救急隊員を主人公にしたミステリーは非常に少ないことがわかりました。これはよい題材かもしれないと考え、資料収集を始めました。
書くにあたって、いろいろ取材をされたと思います。ずばり、「救急隊」は、麻見さんにとってどんな存在でしょうか。
救急隊は「命の箱船」の乗組員である、と私は思っています。作中にも描きましたが、救急要請を受けたあと、救急隊員たちは搬送先の選定にかなり苦労しています。特に深夜などは病院が決まるまで、何十分も路上に停車していることがあるそうです。人の命を乗せて、一刻も早く目的地へ運ばなければならない。しかし行き先が決まるまでは動けないという、もどかしさ。そういう状況から、波に翻弄される箱船を連想しました。
取材前と取材後で何か印象が変わったことはありましたか。
取材のあと、プロ意識というものについて考えさせられました。何か事件が起こって怪我人などが出た場合、人はまず119番に通報することが多いと思います。そうすると、救急隊は警察より先に現場に着くことになります。いち早く事件現場に駆けつけて傷病者の処置をするわけですから、その苦労は並大抵ではないでしょう。今では救急車が通るたび、無事に搬送作業が終わるようにと祈るような気持ちで見送っています。
救急救命士になりたい、と思っている人はまず何から始めればいいのでしょうか。簡単に教えてください。
いくつか方法はありますが、例えば、まず地方公務員になるための勉強をしなくてはなりません。消防官として採用されたあと、消防隊で経験を積みながら救急技術員の資格をとり、晴れて救急隊に配属となります。ご質問にある救急救命士は国家資格で、いくつかの条件を満たした人でなければ受験できません。名実ともにプロの救急隊員だけが、救急救命士になれるというわけです。
「トリアージタッグ」という、一般的にそれほど知られていないものを素材として使われています。どうしてトリアージタッグを使おうと思われたのですか?
トリアージというのは傷病者の選別作業のことです。選別される傷病者は、緑、黄、赤、黒、いずれかのトリアージタッグを与えられます。私は執筆前にタッグの実物を入手したのですが、そのカラフルな印象とは裏腹に、これが傷病者の運命を決めるのだということを、重く受け止めました。しばらく考えた末、トリアージタッグで人間ドラマが作れることに気づいて、ストーリーを練っていきました。
人間がほかの人間の命にかかわる判断をする、という大変重いものだと思います。そこに麻見さんが込めた思いなど、ぜひお聞かせください。
トリアージについて考えるうち、命の選別について誰が責任を持てるのだろう、という疑問が湧きました。たとえ医療関係者であっても、切迫した事件・事故の現場ではやはり動揺するのではないでしょうか。責任を問われないかと、躊躇する人もいると思います。それでも、現場では誰かがトリアージをしなくてはなりません。勇気を持って行動できる人を尊敬したい、という気持ちからこの作品を執筆しました。
今回、主人公・真田の正義感、熱さに心を打たれました。真田というキャラクター誕生には、何かきっかけはあるのでしょうか。
〈警視庁捜査一課十一係〉シリーズには鷹野という飄々とした刑事が出てきますが、今回は救命活動をしっかり描きたかったので、主人公は熱意を持った、責任感の強い人物にしたいと思いました。真田の正義感は、サスペンスフルなこの物語によく合っていると感じます。彼の心の中にある、プロとしての誇りを感じとっていただけたら幸いです。
この作品の読みどころを教えてください。
ずばり、救急隊の活躍です。込み入った説明はできるだけ省くようにして、物語のスピード感を大事にしました。不可解な事件現場、緊迫感のある救命シーン、そして最後の謎解き。疾走感あふれる救命活動とともに、ミステリーの醍醐味も味わっていただけると思います。
もっと彼らの活躍を見たい! ……と思っていますが、次回作の構想などはあるのでしょうか?
救急隊長の真田、隊員の工藤、機関員の木佐貫という救命チームはバランスもよく、とても動かしやすいキャラクターでした。殺人事件のあとにスタートする警察小説とは違い、「人の命を救う」という物語ですから、新鮮な気持ちで書くことができました。救急医療を扱う作品では、命を守るという使命感と、切迫した現場で衝突する人間の感情を、あわせて描くことができます。チャンスがあれば、ぜひ続編を執筆させていただきたいと思っています。
最後に、読者の方々に、一言お願いします。
警察小説に謎解きを取り入れてスタートしたのが〈警視庁捜査一課十一係〉シリーズでした。一連の作品を書かせていただいたことは、私にとって貴重な財産となっています。『深紅の断片 警防課救命チーム』ではその経験を活かしながら、枠組みを救急医療小説に替え、より緊迫感のあるストーリーを描きました。人々の命を守る救急隊の活躍を、ぜひ見届けていただきたいと思います。