『イナイ×イナイ』『キラレ×キラレ』『タカイ×タカイ』につづく第4作『ムカシ×ムカシ』が刊行されました。ホームページ特集として、森博嗣先生にお話をうかがいました。
Xシリーズの特徴は、どういうところでしょうか?
まず「オーソドックス」ということです。事件が起こって、主要な登場人物たちがそこに拘わっていくという、2時間物のドラマのような作りですね。ただ、主要な登場人物が、それほど個性的で特徴のある人たちではなく、どこにでもいそうな普通の人なんです。椙田のような秘密のある人物は軽い脇役で、多くは登場しません。
探偵の鷹知祐一朗も「探偵」の割に派手な活躍はしていません。
ええ。本作にも出てきますが、現実では名探偵なんていません。「『名探偵』や『名刑事』が事件を解決した」という報道もありませんし、歴史を見ても、誰もが知っている有名な私立探偵というものは実在しません。Xシリーズは、特別な能力を持ったスーパ・ヒーロが出てこない物語なんです。これは、一部はGシリーズのテーマともかぶりますが、そうした「普通」あるいは「リアリティ」を常に意識しています。
「普通」を意識する理由とは?
たとえば、真実とか真相というのは、普通は証明できないものです。名探偵が証拠を突きつけ「あなたが犯人ですね」と指摘して、それを犯人が認めたとしても、自白を書き遺して自殺したとしても、「本当かどうか」ということが証明されたわけではありません。科学的な証拠から、「事件がどのように起こったか」を推測することはある程度はできると思いますが、動機や心情といったことは本人ですら説明できないのではないでしょうか。本当のことはわからない、ということが真実だと思いますし、それが普通だと思います。そこにリアリティがある、ということです。
ただ、小説なんですから、なんらかの非現実はあるわけで、それがないと面白く読んではもらえません。そこが、一番の考えどころです。どうやって、読者を引っ張っていくのか。
S&Mシリーズから作風は変わったと思いますか?
作風は変えないといけませんよね。『すべてがFになる』が出た当時は、「難解だ」とか「余計なことが書かれている」とか、言われましたし、「こんなのはミステリィじゃない」という人が多かった。それが、刊行されて5年くらいたった頃から「面白い」と言われるようになりました。本が売れるようになったのも、数年後です。Vシリーズも、刊行からかなり時間が経ってから、「S&Mシリーズよりも好きだ」という人たちが現れました。今は、けっこう人気があります。最近は、「Gシリーズが一番好きだ」という声も聞こえるようになっています。Gシリーズから読む人が増えたからです。Gシリーズは、内容も書き方もライトにしていますし、これからいっそうこういうものが望まれると感じています。古くからファンの方は、もちろん、以前の作品の方が好きだと言いますけどね。でも、基本的には、いつも新しい読者、初めての読者を念頭に置くようにしています。
「執筆の段階で、思いついたことをすぐ書いて、そのリストが、その後の文章
の中に組み込まれていくようにする」と以前おっしゃっていましたが、今も同
じ書き方をなさっていますか?
そうです。書くまえのメモというものはなくて、書き始めて初めてメモが生まれます。それは最初は増えていき、10個くらいになります。書いていくうちに消費されますね。全部は使わないことの方が多いですが。その書き方は、今も変わっていません。まず「場」を頭の中で作って、次は登場人物のリストを作ります。その人物たちを順番に出していって、さて、ここでどんな事件が起こるのかと考えます。書き始める以前には、最後がどうなるのか、考えていません。僕は、処女作『冷たい密室と博士たち』以外、すべてこの書き方です。どの本から読んでも良いような作品を、というのも最初から変わっていません。最新作から読んでもらってもまったくかまいません。ところが、読者は『すべてがFになる』から読むほうが良いと言う人が多いですね。非常に不思議なことです。
Xシリーズの今後について教えてください。
このシリーズは、一話ごとの独立性が特に高くて、シリーズを通しての仕掛けのようなものも明確ではありません。当初予定していた6作品を書き終わっても、なにか思いついたらまた続けることができる唯一のシリーズになるでしょう。でも、この型式のタイトルは6つで終わりにしたいので、Xシリーズはやはり6作完結になりますね。『ムカシ×ムカシ』のあとは、『サイタ×サイタ』で、もう書き上がっています。その次は、『ダマシ×ダマシ』というタイトルで書く予定です。
Gシリーズについては、いかがですか?
あと3作でGシリーズは完結します。もうタイトルなどもほぼ決めていますし、頭の中でよく映像を見られて、僕にとっては今が旬ですね。書くのは、だいぶさきになるかもしれませんが。この3作は、これまでの9作とは少し雰囲気が変わります。お話しできるのは、そのくらいまでかな。
『ムカシ×ムカシ』のカバーを作っているとき「あ、森先生のノベルス49冊目だ!」と気づきました。思わずカバー袖の作品リストを数えてみました。たしかに49冊ありました。次作『サイタ×サイタ』が、記念すべき50冊目となります。
今作品の引用は、樋口一葉の日記・小説からです。新日本古典文学大系明治編24『樋口一葉集』(岩波書店)を底本としています。この樋口一葉の本は『詩的私的ジャック』(S&Mシリーズ)、『赤緑黒白』(Vシリーズ)、『ηなのに夢のよう』(Gシリーズ)<すべて講談社文庫>の解説を書いてくださった菅聡子先生が監修に携わられました。惜しくも菅先生は鬼籍に入られ、Xシリーズの解説は書いていただけませんでした。けれどこのような形でXシリーズでも菅先生のお名前を拝見できたのは、とても感慨深いものでした。
第一回メフィスト賞を受賞した
『すべてがFになる』から連なる十作のシリーズ
十四歳のとき両親殺害の罪に問われ、孤島の研究所に閉じこもった天才工学博士、真賀田四季。教え子の西之園萌絵とともに、島を訪れたN大学工学部助教授、犀川創平は、一週間外部との交信を断っていた博士の部屋に入ろうとした。その瞬間、進み出てきたのはウエディングドレスを着た女の死体。そして、部屋に残されていたコンピュータに記されていたのは「すべてがFになる」という意味不明の言葉だった。(『すべてがFになる』)
その後、犀川と萌絵は、衆人環視の低温度実験室での密室殺人事件、奇術師の脱出マジック中の殺人事件など、数々の事件に巻き込まれていく。
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『すべてがFになる』
講談社ノベルス
講談社文庫
密室から飛び出した死体。
究極の謎解きミステリィ。
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『冷たい密室と博士たち』
講談社ノベルス
講談社文庫
衆人環視のなか、実験室で起きた
不可思議な密室殺人劇。
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『笑わない数学者』
講談社ノベルス
講談社文庫
消えたオリオン像の謎、二つの殺人。
天才数学者が仕掛けたトリックとは。
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『詩的私的ジャック』
講談社ノベルス
講談社文庫
歌詞を真似た連続殺人事件。
犯人は人気ロック歌手?
没落令嬢・瀬在丸紅子と、阿漕荘の人々を襲うミステリィな日常!
ここ数年、那古野市には「数字にこだわる」殺人犯が跋扈している。
今年のターゲットなのか、六月六日、四十四歳になる小田原静江に脅迫めいた手紙が届いた。
探偵・保呂草は依頼を受け「阿漕荘」に住む面々と桜鳴六画邸を監視するが、衆人環視の密室で静江は殺されてしまう。(『黒猫の三角』)
私立探偵・保呂草潤平が住むアパート阿漕荘には、女装癖のある武道家の大学生小鳥遊練無、その友人の香具山紫子らが住む。彼らが遭遇する事件を、阿漕荘の近くに住む没落した旧家の令嬢・瀬在丸紅子が解決する。
シリーズに登場する人物たちに隠された謎とは……!?
すべての事件の鍵を握る秘められた天才の真実に迫る!
天才・真賀田四季は何を感じ、考えていたのか─。
『すべてがFになる』から始まる一連の物語に秘められた驚愕の真実がつぎつぎと明らかに。
シリーズを貫く登場人物たちに隠された繋がりが見えてくる。
私立C大学の学生である、加部谷、海月、山吹らが巻き込まれる事件の背後に潜む怪しい集団の正体は……? S&Mシリーズ、Vシリーズのキャラクタも再登場する。
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『φ(ファイ)は壊れたね』
講談社ノベルス
講談社文庫
D2大学院生、西之園萌絵、
ふたたび事件に遭遇。
密室の宙吊り死体!おもちゃ箱のように過剰に装飾されたマンションの一室に芸大生の宙吊り死体が!
現場は密室状態。死体発見の一部始終は、室内に仕掛けられたビデオで録画されていた。
そのビデオのタイトルは『φは壊れたね』。
D2大学院生、西之園萌絵が学生たちと事件の謎を追及する。
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『θ(シータ)は遊んでくれたよ』
講談社ノベルス
講談社文庫
転落死体に印されていたのは
謎のマーク「θ」……。
飛び降り自殺とされた男性死体の額には「θ」と描かれていた。
半月後には手のひらに同じマークのある女性の死体が。
さらに、その後発見された複数の転落死体に印されていた「θ」。
自殺? 連続殺人? 「θ」の意味するものは?
N大病院に勤める旧友、反町愛から事件の情報を得た西之園萌絵らの推理は……。
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『τ(タウ)になるまで待って』
講談社ノベルス
講談社文庫
超能力者の洋館での惨劇!
森ミステリィが館モノに!?
“嵐の山荘”で起こる“密室殺人”!
森林の中に佇立する〈伽羅離館〉。
“超能力者”神居静哉の別荘であるこの洋館を、七名の人物が訪れた。
雷鳴、閉ざされた扉、つながらない電話、晩餐の後に起きる密室殺人。
被害者が殺される直前に聴いていたラジオドラマは『τになるまで待って』。
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『ε(イプシロン)に誓って』
講談社ノベルス
講談社文庫
ジャックされた高速バスに山吹と加部谷が!!
仕掛けられた爆弾、《ε》の名を持つ謎の団体……!?
山吹早月と加部谷恵美が乗車していた東京発中部国際空港行きの高速バスがジャックされた。犯人グループは、都市部に爆弾を仕掛けたという声明を出していた。
乗客名簿には《εに誓って》という名前の謎の団体客が。
《φは壊れたね》から続く不可思議な事件の連鎖を解く鍵を西之園萌絵らは見出すことができるのか?
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『λ(ラムダ)に歯がない』
講談社ノベルス
講談社文庫
身元不明の四人の男の死体につきまとう「λ」の文字!!
密室大量殺人? 一連の事件との関連は!?
密室状態の研究所で発見された身元不明の四人の銃殺体。それぞれのポケットには「λに歯がない」と記されたカード。そして死体には……歯がなかった。
四人の被害者の関係、「φ」からはじまる一連の事件との関連、犯人の脱出経路──すべて不明。
事件を推理する西之園萌絵は、自ら封印していた過去と対峙することになる。
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『η(イータ)なのに夢のよう』
講談社ノベルス
講談社文庫
事件の核心には、あの天才の姿があるのか!?
絶対に見逃せない、Gシリーズの転換点!!
地上十二メートルの松の枝に首吊り死体が!
遺されていたのは「ηなのに夢のよう」と書かれたメッセージ。不可思議な場所で「η」の首吊り自殺が相次ぐなか、西之園萌絵は、両親を失った十年まえの飛行機事故の原因を知らされる。
「φ」「θ」「τ」「ε」「λ」と続いてきた一連の事件と天才・真賀田四季との関連は証明されるのか?
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『目薬α(アルファ)で殺菌します』
講談社ノベルス
講談社文庫
劇物入りの目薬に刻まれた「α」の文字!!
繋がっていく事件!
神戸で劇物の入った目薬が発見された。目薬の名には「α」の文字が。
その頃、那古野では加部谷恵美が変死体を発見する。死体が握り締めていたのは、やはり目薬「α」! 探偵・赤柳初朗は調査を始めるが、事件の背後には、またも謎の組織の影が……?
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『ジグβは神ですか』
講談社ノベルス
ついに姿を現した天才博士。
Gシリーズ最大の衝撃!芸術家たちが自給自足の生活を営む宗教施設・美之里(びのさと)。
夏休みを利用しそこを訪れた加部谷恵美たちは、調査のため足を運んでいた旧知の探偵と再会を果たす。
そんななか、芸術家の一人が全裸で棺に入れられ、ラッピングを施された状態で殺されているのが発見される。
見え隠れするギリシャ文字「β(ベータ)」と、あの天才博士の影。
萌絵が、紅子が、椙田(すぎた)が、時間を超えて交叉する――!