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メフィスト賞大特集!|講談社ノベルス

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受賞作品 4月、5月、6月連続刊行! メフィスト賞大特集!

「メフィスト賞という迷路」 汀こるもの 改めて語れと言われても、ニートに毛の生えた程度の派遣奴隷だったこるものさんがヤケクソでTHANATOSを1度に5作投稿してすっかり忘れて6作目を書いてる最中に座談会の電話がかかってきた話は既に幾度となく語っているのです。
だからたまには読書の話をしましょう。

ぼっちだったこるものさんは高校時代は角川系の国内ファンタジー、いわゆるライトノベル系をとりあえず手に入る順に乱読していましたが、大学に入ってやっと友達ができたので世間の流行というものを知りました。

そう、1994年、京極夏彦さんがデビューしていたのです。

「よく知らないジャンルを友達が無理矢理貸してくる」という経緯でミステリ界に足を踏み入れ、メフィスト賞の存在を初めて知ったのがこの辺。
そして1999年。第13回メフィスト賞『ハサミ男』出版。

……全部チェックしてたわけではないので気づいたらもう13回になってたのですが。
ここに至る経緯であれとかあれとかあれとかあったのですが涙を呑んであえての割愛、わかってください。
誌面が足りないのです誌面が。
ともあれこの頃のメフィスト賞って
「日本で一番尖った小説の賞」であった結果、
「何かよくわからない恐ろしい百鬼夜行のような、魔女の混ぜる薬の釜の底の方に溜まった極限のミステリ作品群」
だったわけですが。

こるものさん自身も見境のない乱読の果てに
「ミステリとは俺がこれまで2時間ドラマで見てきた断崖絶壁のアレではなく、作者が分厚い本で直接読者の後頭部を殴りに来るもの」
だというものすごく偏った認識にたどり着いていました。
当時はまだインターネットの情報サイトがそれほど発達していなかったので、ちょっと何か言うと皆がそれぞれのオススメ作品を手に初心者の元に詰め寄ったものです。

今もあんまり変わらないけど。

それでまあ、具体的には浦賀和宏『記憶の果て』にどつき回された俺の前に『ハサミ男』が現れたわけですよ。

(※『記憶の果て』も楽しみました。
当時、いたいけな女子大生が安藤直樹シリーズに散々どつき回され、読後のショックで眠れぬ夜を過ごしたと浦賀和宏さんにはお伝えください)

殊能将之『ハサミ男』。読んで何が一番驚いたって。

地の文が面白い!

……問題発言ですね。ものっそい問題発言ですね。
今、天に唾を吐きましたね。
お前はどうなんだって話ですよね。
でもだって。
記述に「フェア」さを求めるあまり日本語が不自然になってる人って結構……
(※メフィスト賞に限定した話ではなくミステリ全般についての一般論です)

地の文といえば森博嗣作品固有の
「工学部助教授というキャリアに裏打ちされた理系文章」
はスタイリッシュでイケてたものの、文学部東洋文化学科専攻の俺にはどっか異世界ファンタジーめいておりました。

そこで殊能将之ですよ。
高い知性と教養、そこにテレビっ子の俗っぽさが絶妙にブレンドされて。
文系とも違うこれは何だと思っていたのですが、SF畑の人だったんですね。
「覆面作家というものの、その実、業界では一刻も早いデビューを嘱望されていたセミプロだった」なんて最近知りました。

それにやたらうまそうな食事描写。
小説に出てくるうまそうなメシランキング、「おふらんどのミートパイ」は「ヤンソンさんの誘惑」「赤毛のアンのいちご水」とデッドヒートを繰り広げております俺の中で。

そして何より重要なことですが、本作は従来のメフィスト賞作品に比べてトリックは若干控えめでした。
ですがそれを補って余りある……

キャラクター造型!
これに萌えない奴、いるのか!?
パーフェクトジオングじゃねーか!

もうメロメロでした。
その後石動戯作シリーズを追い回し
(……シリーズ名はこれでいいのか?)、
『黒い仏』でこの人もメフィスト賞の百鬼夜行の一員であったことを確認し、作者HPが開設されて以降はせっせとネットストーキングに勤しみました。
『ハサミ男』初稿に連絡先が書いてなくて誌面で連絡求むとかやってたなんて本人も萌えるじゃないですかー。
「我流筑前煮」「かんずり」「惣菜パンで手抜きの昼食」のフレーズはいつまでも覚えているでしょう。
今でもテレビで真矢みきを見るたび思い出さずにはいられません。

氏の冥福を心よりお祈りします。
最後に、『ハサミ男』で最も感銘を受けた台詞で締めましょう。

「たかがそんなことで人を殺すなんて、あなたは頭がおかしいんじゃないのか」

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