辻村深月(つじむら・みづき)
1980年2月29日生まれ。千葉大学教育学部卒業。
2004年に『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。
他の著作に『子どもたちは夜と遊ぶ』『凍りのくじら』『ぼくのメジャースプーン』『スロウハイツの神様』『名前探しの放課後』『ロードムービー』(以上、講談社)、『太陽の坐る場所』(文藝春秋)、『ふちなしのかがみ』(角川書店)がある。
新作の度に期待を大きく上回る作品を刊行し続け、幅広い読者からの熱い支持を得ている。
チエミとみずほは、どちらが私でもおかしくなかった「娘」であり、「女子」です。だけど、どちらでもなかったからこそ、書きたくて仕方がなかったヒロインです。
この話には、二組の「母娘(おやこ)」が登場します。これもまた、どちらも私のうちであり、またどちらも私のうちでは起こりえなかった「事件」を抱えています。
彼女らの中に、読者の「あなた」を少しでも見てもらえたなら、起こりえない事件を起こりうると見てもらえたなら、書いた甲斐があったというものです。どうぞよろしくお願いします。
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『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞して以来、新しい作品を意欲的に発表し続けている辻村深月さん。本作は、辻村さんが一年以上かけて書き込んだ長編書き下ろし作品です。私自身、初めて読んだ時に登場人物たちが身近に生きているかのようなリアルさに驚かされました。
『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』という不思議なタイトルは、青春ミステリを数多く執筆し、エンターテインメントをこよなく愛する辻村さんならではの最強のネーミングだと思います! 読後、「このタイトルしかあり得ない」と思わされること必至です。ぜひお読み下さい!
この物語を書いたきっかけは。
酒井順子さんの「負け犬の遠吠え」を読んだんです。酒井さんのいう「負け犬」という言葉は、本来女性たちが良い意味も悪い意味も込めて自分たちを呼ぶ自称のものだったのに、なぜか他人から言われる蔑称のように誤解されて広まってしまった。その誤解も含めて当時すごく話題になりましたよね。文庫版には林真理子さんが解説を書いているんですが、それを読んで「あっ」と思ったんです。「ワイドショーで、チャリンコにのったボサボサ髪の主婦が、『私たち勝ち犬は』と言うのを聞き、それこそヒッと叫んだことがある。」と。酒井さんが考える勝ち犬はそうした主婦たちではない、ここで書かれている「負け犬」とは地方で事務服を着て仕事している女子たちではない、と。私は昨年まで兼業作家で、地方(山梨)でまさに制服を着て事務職をしていたので、この言葉はとてもしっくりきました。と同時に、では「負け犬」にも入らない、そういう私のような女の子たちをどんな名前で呼べばいいのだろう、と疑問に思ったんです。その答えを探すような気持ちで、この物語を書き始めました。
29歳という今、30歳の女性たちを選んだのはどうしてでしょう。
最初は29から30歳なのか、30から31歳なのか悩んだんです。30歳というのは、子供目線から大人に変わる節目のときだという感覚があるし、もはや言い訳のきかない歳でもあります。だからこそ、みんな30前の焦りはすごい。でも、30になったからって終わりなのではない、そこからを描かないといけないと思ったんです。40とか50歳になったら、また別の苦しさが出てきてしまう。そうなる前の今だからこそ、書きたいと思いました。やらなければ先に進めない、と。
この作品で描きたかったことは。
女子の息苦しさ。特に「地方負け犬」という観点で考えるうちに、女として切実な「格差」の存在にぶつかりました。東京と地方、モテる、モテない。それと無視できなかったのが「母娘」の関係です。母と娘というのはすごく特別な関係で、たくさんの新書やノンフィクションが現実的なアドバイス込みの結論を書いていますが、私は小説としての結論を書きたかった。で、「母親殺し」の物語を書こう、と一年かけていろいろ試行錯誤しました。この問題に正面から向きあってみたかったんです。やっと書きあげられて、デトックスできた気分です。(笑)
また、今回どこまでを描いて、どこを描かないか、ということも考えました。小説の面白さというのは、作家が提示したイメージを読み手の人が各々の経験や想像力でどこまでふくらませて受け取っていくかだと思うんです。読み手の人によって、差がでる。そこを意図的にやってみました。
一番苦労したことはなんでしょう。
誰が誰に対してどれだけ依存しているのかという関係性、強弱のバランスが難しかったです。特に第1章がとても苦労して、実際かなり手をいれました。その甲斐あってか、2章はキャラクターが動き出してそれこそ1日で書いてしまいましたが。でも、第1章だけなら今までの私でも書けたと思うんです。どうしたら現実を自分の感覚でとらえることができるのか、まさに手探りで書いていったからこそ、このラストが導き出せたのだと思っています。
ネタばれにならない程度にタイトルについて、教えて下さい。
最初書き出した時点では(タイトルは)決まってなかったんです。書き終わってから、これしかない、と。このタイトルをつけることは冒険だったかもしれないけど、それができた自分のことを今は褒めてやりたい。読んだ方の人生経験によって感じ方が違うと思う。それがいいと思います。