第36回メフィスト賞を受賞した『ウルチモ・トルッコ』で「犯人はあなただ!」という読者を犯人にした壮大な仕掛けで、大反響をよんだ深水黎一郎さんの新作。
法月綸太郎さんが常に待ち焦がれているという正統派名探偵・神泉寺瞬一郎シリーズの第3弾です。
舞台は北フランスの街ランス。世界遺産であるランス大聖堂の塔から男性が転落死をします。完全な密室状態である塔に、どのような仕掛けが施されているのか……。
また大聖堂にあるシャガールのステンドグラスが今回の大きなモチーフになっていますが、そこに至る道程で、読者はあたかもランス大聖堂を歩き、さ迷い、被害者になったかのような気にさせられるという圧倒的な描写も読み応え充分です。
卓越した西洋と芸術への造詣を源に、「深水マジック」が炸裂した本作を、ぜひともお楽しみください。
影響を受けた作家、小説を教えてください。
ミステリ関係で言いますと何と言っても島田荘司氏の『占星術殺人事件』です。冒頭の覚書の文体にやられてしまいました。ミステリ以外では、これまでの人生でその全著作を何度も読み直して来たのはポール・ヴァレリーと三島由紀夫です。
執筆スタイルは?(いつ書いているか、など)
兼業作家なので、執筆は仕事のない日の昼間のみです。ちなみに下書きは全て手書きです。主にファミレスで書いています。練馬周辺のファミレス関係者のみなさん、何時間も粘る嫌な客ですみません。11月から3月までは自宅で夜書くこともありますが、4月から10月までの夜は、スカパーで中日ドラゴンズの試合を見るのに忙しいので、執筆どころではありません。
今回の作品で、ランスを舞台にしたのは、どのような理由からでしょうか?
初めてランスを訪れたのは最初のフランス留学の時ですから、今からもう22年前です(ため息)。ただその時から、ここを舞台にして物語が書けないものか、考えていました。その後二度目の留学の時にも、シャンパーニュ方面に行く機会がある時は、必ず立ち寄る場所の一つでした。
外国の地名、外国人の名前なども漢字で表記をしているのは、どのような理由からでしょうか?
作品の中でも述べていますが、東海散士や仮名垣魯文などの使っていた壮麗な明治の日本語を、現代に甦らせたかったからです。彼らの文体を参考にしつつ、表意文字の持つイメージ喚起力の凄さを改めて訴えたいと思いました。
壮大なトリックには驚かされますが、どのようにして考えるのでしょうか?
思わせぶりに答えるのはいやなのですが、これについてはある日突然空から降ってくる、としか言えません。ただ、壮大であればあるほど、細かいディテールにリアリティを持たせることが重要になって来るので、その点には気を遣います。トリックに関しても、「神は細部に宿る」だと思います。
瞬一郎と海埜刑事のコンビネーションが抜群ですが、二人の関係はどのようにイメージをされていますか?
私の中に定まったイメージはなく、二人は勝手に動いてくれています。今はもっぱら一方的に瞬一郎が海埜をやり込めていますが、そろそろ海埜が反撃に出るターンかと思っています。
今回の小説の読みどころは、どんなところでしょうか?
ジョアシャン・デュ・ベレーの向こうを張ったわけではありませんが、これは私流の『日本語の擁護と顕揚』です。もちろんそんなことは無関係で、普通の本格ミステリとして楽しんでいただければそれで充分です。それからもう一つ売り文句があるとすれば、ランスの大聖堂とシャガールのステンドグラスについて、日本語で読めるものとして、これ以上詳しい文献はない筈だということです。