三津田さんと「ホラー」との出会いを教えてください。
──子どもの頃は、怖がりでした。お盆にテレビでやる怪談映画なんか、まともに見られなかった。読んでいた本は、江戸川乱歩の「少年探偵」シリーズやジュール・ヴェルヌのジュブナイルものなどで、どちらかというと冒険系が好きだったと思います。やがて、ガストン・ルルー『黄色い部屋の秘密』とA・A・ミルン『赤い館の秘密』を読んだのがきっかけで、アガサ・クリスティー、ディクスン・カー、エラリー・クイーン、ヴァン・ダインといった、海外の本格ミステリにはまって、そのまま中学・高校もずっと愛読してました。翻訳ものが多かったですが、日本人作家も笹沢左保さんの新作とかを急に読んだりして。ミステリに限っては乱読だったかもしれません。
大学生のときかな。本格ミステリにはまりすぎた反動から、全てが割り切れることに味気なさを覚えて……。それまで面白くないと感じていた古典ホラーからモダンホラーまで、一気に読むようになったんです。このあたりは話すと長くなりますが、スティーヴン・キングの影響が強いと思います。ジャンルをこえた「この面白さは何なんだろう!」と。
ですから「出会いはこの作品」というより、この読書体験ありきでホラーに導かれていった……そんな感じです。
小説を書き始めたきっかけは? また初めて完成した作品はどんな話だったのでしょう?
──中学生の頃から書いていました。が、ひとつの物語を完結しないまま、別の話を書き始める、というくりかえしでした。高校生のとき、これではダメだ、ちゃんと完結させなければ、と思って70枚くらいの短篇「時計塔の謎」を書きました。実はこの作品、プロットはそのまま『作者不詳』の中で使っています。
「ホラー作品に欠かせない要素」とは何だと思われますか?
──「不安」です。「恐怖」は長続きしません。特に長篇の場合は無理です。またホラーも幅広く、いろんな作品がありますので、共通して欠かせないといえるのは「不安」だと思います。
超常現象や幽霊の存在は信じますか?
──刀城言耶と同じスタンスです。存在を100パーセント否定はしないけど、安易に肯定するつもりもない、というスタンスですね。一番言いたいのは、どうして白黒はっきりさせなければいけないのか、ということです。そんなの、決められるわけがない。どう考えても灰色ですよね。ですから「いない」と断言する人は、ものすごく怖い目に遭わせたいし(笑)。「いる」と言い切る人には、逆に「こういうカラクリなんですよ」と説明したい(爆笑)。
ズバリ、霊感はありますか?
──ないですねー。霊感のある作家さんに言わせると、僕は仮にそばに霊がきても感じないタイプだから、向こうから離れていくそうです。心霊体験がないからこそ、書いているんだと思います。実体験のある人が書いた作品って、意外と怖くないことがあります。嘘が書けないからでしょうね。
三津田さんにとって一番「怖い」ものは何でしょうか?
──生理的に怖いのは、蛇です。ホラー作家って、自分の怖いものや嫌いなものを作品に出す傾向があるようで。僕も『蛇棺葬』と『百蛇堂』、『厭魅の如き憑くもの』などで蛇をあつかっています。スティーヴン・キングは蜘蛛が嫌いらしくて、やっぱり作品に出てきます。
幽霊のたぐいですか? 目の前に出てこられたら、そりゃ嫌ですよね。僕はあくまでもお話としての怪談が好きなので、心霊スポットに行きたいとは少しも思いません。そこに行って怖い目に遭った人の話を聞く……それが一番です(笑)。
霊的なものよりも、僕は「偶然が重なってしまった」としか考えられない現象のほうが怖いです。幽霊は「いる、いない」は別にして、怪異は幽霊という存在のせいだと説明できます。でも、偶然はできない。いくら重なっても、「偶然が重なったから」としか言えないわけです。これは怖いですよ。
今までで一番「ぞっとした」小説を教えてください。
──小説を読んでいて、「面白い」と思うことはありますが、「怖い」と感じたことはありません。唯一「ぞっとした」のは田中貢太郎「竈の中の顔」くらいかな。大好きなM・R・ジェイムズも岡本綺堂もぞっとするところはありますが、面白さのほうが先に立ちます。
ホラー初心者におすすめの作品は?
──その人の好みや読書体験によって、おすすめする作品も変わりますので、ちょっと答えにくいですが……。
<小学生むけ>
「学校の怪談」シリーズ。常光徹さんのお書きになった小説と、楢喜八さんの漫画の両方がありますから、入門編として、とても入りやすいと思います
<中学生むけ>
岩波少年文庫で編まれた短編集『八月の暑さのなかで』。いろんなタイプの作家の作品が入っているので、きっと自分の好みに合うホラーが見つかると思います。あとは少し背伸びして、スティーヴン・キングの短編もおすすめしたいです。
<高校生以上>
中学生向けでも紹介しましたが、とりあえずアンソロジーでいろんな作家のものを読んでみるのがよいでしょうね。そこで「いいな」と思う作家がいれば、今度はその作家の別の作品を読むというように広がっていきますから。
たとえば翻訳ものなら、無気味な挿絵も入っている『エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談 憑かれた鏡』(河出文庫)が、取っつきやすいかもしれません。
今後書いてみたい題材は何でしょうか?
──「炭坑」です。ただ、まだどうなるかわかりません。ホラーに向く舞台だと思って、いろいろと調べているところです。 『幽女の如き怨むもの』(原書房刊)の遊廓や遊女もそうでしたが、「人間が人間扱いされていない、こんな過酷な世界が現実にあったんだ」ということを世間に知ってもらいたい、若い読者に伝えたい、という思いがあります。
読者の方に一言、お願い致します。
──講談社ノベルスのファンの方は「ミステリ」好きの方が多いと思いますが、どうかこれを機にホラーもたくさん読んでいただければ、と思います。
三津田信三(みつだ・しんぞう)
奈良県出身。編集者を経て2001年『ホラー作家の棲む家』(『忌館〈いかん〉 ホラー作家の棲む家』と改題し講談社文庫)でデビュー。 その後、本格ミステリと民俗学的見地に基づく怪異譚を融合させた『厭魅〈まじもの〉の如き憑くもの』(講談社文庫)を発表。今までにない作風がヒットし、「刀城言耶シリーズ」として多くのファンを掴む。2010年には同シリーズ6作目にあたる『水魑〈みづち〉の如き沈むもの』(原書房)で第10回本格ミステリ大賞を受賞。独特の世界観と筆致で精力的に執筆を続けている。