この『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』は、二十一歳(!)の時の作品ということですが、その当時のことを教えてください。
もともとは麻耶さんが属していた京大推理小説研究会(通称・京大ミス研)の機関誌『蒼鴉城』に掲載された中編が原型とのことですが……?
『蒼鴉城』は年に一度の機関誌なので、どうせ書くなら気合いを入れて長編でも、と考えたのが始まりです。当時、ミス研の編集長だったのにくわえ十五周年記念号でしたので、自分の裁量である程度の長さの話を載せられたのもあります。『MESSIAH(メサイア)』というタイトルで現在の半分ほどの分量でした。
出版することになったのは、どのようないきさつだったのですか?
『MESSIAH』が先輩作家の紹介で講談社の編集者だった宇山日出臣さんの目に留まり、「面白かったからデビューしてみないか?」というお話を戴きました。もちろん拒絶するはずもなく、喜んで加筆に取りかかりました。
この作品の読みどころは?
誰が最後に主導権を握るかという話が伏流としてありますが、とりあえず立て続けに事件が起こるので、深く考えずに読み進めてください。
麻耶さんの作品は様々な仕掛けや伏線があったりと、大変緻密な作りですが、作品の制作過程を少し教えてください。
この作品に関しては、連続殺人の中に縦糸となるトリックが存在するので、まずその意匠をどう採用するかというところから考えました。事件の数が多いなと自分でも呆れましたが、仕方ありません。あと、密室殺人の面白いトリックが閃いたので、それをメインに据えることにしました。探偵に関しては、縦糸のトリックの流れで必然的にああいうふうになってしまいました。探偵は絶対的なものじゃないですからね。これらは前身の『MESSIAH』のときのことですが、『翼ある闇』に加筆するにあたり、もう一つコアのアイデアをつけ足しました。デビュー前だったので、あまり出し惜しみとかは考えなかったですね。
トリックはどのような時に思いつきますか?
バラバラで決まってませんね。決まっていれば、その状況に自分を追い込めばいいので苦労しないんですが……。でも最近は、散歩の最中に浮かぶことが多いですね。無心に近い状況だからでしょうか?
作品を書くうえで、心がけていることは何ですか?
どうやって意外性を出すか、独自性を出すか、というところです。漠然とした答えですが、私自身漠然とした手応えしか抱けていないので、具体的に答えようがありません。
執筆中欠かせないアイテムは何かありますか?
コタツですね。机ではなく座卓派なので。特に冬場は欠かせません。疲れたらそのまま寝転がることもできますし。ただ卓上はパソコンを始め、物が多すぎて、結局夏場もコタツ布団を掛けっ放しです。でも意外と夏でも、コタツの中だけは涼しかったりします。
煮詰まった時にすることは?
料理です。手順を踏むことで、頭が整理された気になります。ついでに食欲も満たせますし。
京大ミス研といえば、綾辻行人さん、法月綸太郎さんなどの先輩がいらっしゃいますが、交流はありますか? ちょっと面白いエピソードなどがありましたら是非教えてください。
面白いエピソードはたくさんありますが、勝手に話すと叱られそうなので自重しておきます(笑)。というのもなんなので、一つだけ。法月さんはクリームパンが大好物で、家でクリームパンを切らすと凄くしょんぼりした顔になります。
影響を受けた作家、作品は?
本作ではエラリー・クィーンの影響が特に色濃いです。どう色濃く受けているかは、読んでいただければ一目瞭然だと思います。また、全体的なトーンや探偵の造型は『黒死館殺人事件』(小栗虫太郎)の影響ですね。これも良くも悪くも一目瞭然すぎて。今の視点では、もう少し控え目なほうが良かったと思いますが、当時はストレートな愛情表現の方に傾いていましたから。また首切りに関しては横溝正史ですね。子供の頃観た映画『犬神家の一族』の菊人形は、いまだに印象に残っています。
『翼ある闇』には、いろいろなクラシック曲が出てきます。かなりマニアックな選曲ですが……。
今から見ると、結構ベタな選曲だと思います。今回『翼ある闇』を再読して、「この演奏は二十年前はよく聴いていたなぁ」と変遷を懐かしく思いました。その中でもマーラーの交響曲を愛聴してましたが、しばらくご無沙汰だったので、これを機に再び聴き始めています。
嗜好品で欠かせないものは?
去年まではタバコでしたが、とある事情で禁煙中ですので、今はガムとチョコになってしまいました。少し味気ないです。
今、一番凝っていることは?
山城巡りですね。但馬の竹田城に行ったのが契機ではまってしまいました。ただ最初にトップクラスの所に行ったせいで新たな感動にはなかなか巡り会えません。マイナーな所だと、苦労して登っても、ろくに整備もされてないこともしばしば。もっとも蜂や熊が怖いので、秋冬にしか行きませんが。
サインがキリル文字ですが、これは何故?
鮎川哲也さんの作品の影響で、ロシアに興味を抱くようになりました。で、大学では第二外国語でロシア語をとったのですが、単語の格変化を覚えるのが一苦労でした。それで少しでも元を取るためにキリル文字を使っています。また漢字だと画数がやたらと多くて書くのが大変ですし、英語だとY.MAYAとYとAが二つずつ重複するので、ヤとユが別々の独立したアルファベットであるキリル文字のほうが見た目にもスマートだからというのもあります。
最後に、読者の方に一言お願いします。
二十年も昔に書いた本が、いまだに読まれるのは嬉しい限りです。これからもそういう本をいくつも書き続けていきたいですね。
ありがとうございました。
麻耶雄嵩(まや・ゆたか)
1969年三重県出身。京都大学在学中に『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』でデビュー。主な著作に『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』『木製の王子』『貴族探偵』がある。『隻眼の少女』で2011年本格ミステリ大賞受賞。『メルカトルかく語りき』(講談社ノベルス)は、『2012年本格ミステリ・ベスト10』と『ミステリが読みたい!』で2位となり『このミステリーがすごい!』『週刊文春ミステリーベスト10』にもランクイン!