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特別書き下ろし 論理爆弾 事件前夜 黒田邸にて『論理爆弾』有栖川有栖|講談社ノベルス
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特別書き下ろし 論理爆弾 事件前夜 黒田邸にて

「黒田先生は、探偵の理解者だそうですね。旦那様が探偵をなさっているとか。わたしたちの手助けをしていただけませんか? できる範囲でかまいません」
 探偵を必要とする者に探偵を仲介することも違法行為だ。晴香は、探偵仲介者のもとで働いていた。しかも、彼女のボスが大阪の押照(おしてる)財閥の御曹司で、画廊はその隠れ蓑だと聞いてさらに驚かされた。異端者はどこに現れるかわからない。その御曹司、押井照雅(おしいてるまさ)は華麗なる一族に生まれた黒い羊だったのだ。
 晴香の頼みを聞き入れ、九州に関係した事件で連絡係のようなことをしたり、探偵の隠れ家として自宅を提供したりした。
 空閑純の母、〈水無月〉という探偵名を持つ朱鷺子(ときこ)とも何度か会っている。会っているどころか、彼女は伊都子の家に立ち寄ってから次の目的地に向かい、そこで消えた。
「娘の純という子に、先生が知っていることを話してやってください。わたしは、押井に止められていて話せないんです。それに、〈水無月〉がいなくなる直前のことは、先生が一番よくご存じですから」
 承諾すると、純は一週間後にやってきた。女の子は男親に似ると言うが、彼女の顔には朱鷺子の面影があった。色白なところもそっくりだ。
 母親が向かった先を教えてやるなり、明日にはそこへ発つという。翻意させるつもりだったが、純の決意は固かった。
──行かせたくなかったのに。
 と悔いつつ、はたしてそれが本心なのかどうか、自分でもよくわからない。八方ふさがりの純から唯一の目的を取り上げることも残酷だ。気をつけて行け、と送り出すしかないとも思う。
「分断促進連盟って、福岡に支部があって、九州でも活発に動いていると聞きました。そうなんですか?」
 純が話を変えた。
「分促連に興味があるんですか?」
「少し。活動に参加しようとは思いませんけれど」
 大東亜戦争に敗れ、ソ連が北海道を占領した結果、北海道が日ノ本共和国として独立した。分断国家となった日本が再び統一されることは大多数の国民の悲願だが、まったく違った考えを持つ者もいる。あまりに中央集権的な現在の日本は、南北統一ではなく地方ごとに分離独立するべきである、と彼らは主張し、〈日本をひとつに〉という政府のスローガンに対抗し、〈日本を七つに〉と訴えていた。
「日本をいくつにも分割するため、国家を転覆させようとしている人たちに興味があるんですか? あれは危険だわ。北が日本を内側から壊そうとして送り込んだスパイの工作ですよ」
「そんな見方も含めての興味です。──黒田先生は、分促連が嫌いなんですか?」
 真正面から純と視線が合った。曇りのない若々しい目だ。
──こんな濁りのない目をしていて、海千山千の相手と渡り合おうとしている。無茶よ。だけど……こういう目が探偵に必要なようにも思う。
 少女のまなざしに見とれて、伊都子の返事が遅れた。
「……嫌いです。日本が北海道と戦争をしている最中だというのに、とんでもない。ゆがんだ理想をもてあそんで国に危機をもたらす連中だと思いますよ」
「日本は、また一つになれるんでしょうか?」
「なれますとも。わたしが生きている間は無理かもしれませんが、あなたはきっと統一された新しい日本を見られるでしょう。わたしたちは、この戦いに必ず勝利します」
「北海道が日本の一部になるなんて……変な感じです」
「今が変なんですよ」
「その新しい日本で、探偵は認められるようになりますか?」
 嘘をつくには忍びなくて、伊都子が「わかりません」と答えると、少女はうつむいた。ショートカットの前髪がはらりと垂れて、表情が翳る。抱きしめてやりたくなった。

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