星の籠
ペリーの米艦隊との開戦を覚悟した阿部の故郷は、福山藩です。そしてこの藩の港、鞆は、瀬戸内海に向かって開いた古代からの有力港で、この内海は、かつて村上水軍の暴れた海でもありました。
伝説の村上水軍には、ペリーの大型蒸気船にも似た、信長自慢の大型鉄甲船を沈めた戦歴があると、一般にささやかれています。もしもこれが事実なら、村上水軍は、鉄甲の不沈戦艦を沈める、門外不出の秘策を持っていたことになります。
日本の大筒の、四倍という飛距離を持つ強力な砲を積む黒船を相手に、捨て身の水際戦を想定していた阿部は、しかし不思議なほどに落ち着き、怯えの形跡が感じられません。先進の科学発想で瀬戸内海を自軍の庭とした村上の大船攻撃の秘策が、もしもこの時、自国の殿様に向かって伝えられていたなら、阿部の落ち着きぶりも理由のあることになります。そういう空前のロマンが、この物語を書かせました。
中心軸としての歴史ロマンは、時空を超えて周辺に、さまざまな小物語を産み落とし、月光が降らす銀の粉のように、地上に振り撒いてくれました。だからこれだけの長編を、私はわずかに2、3ヵ月で書きました。これだけ込み入った構成を、まるで迷うこともなく、ただ拾い集め、急いで書いたのです。あたかも物語は、すでに空中に存在していたかのようです。
書きあげた今、全体を見おろせば、その様子は歴史の綺羅星たちを浮かべ、月の運行にしたがって流入流出の渦を巻かせた瀬戸の内海にも似て、2千枚近い壮大な文字の海流です。文字の海が、大勢の人々の生活や、思いを浮かべながら、ゆるやかに流れていきます。
印刷所からやってきた2冊の本は、瀬戸内に生まれた人々の喜びや悲しみを内部に抱えて、今静かにテーブルに置かれます。目を落とせば、それは星の籠とでも呼びたいような壮大なひとつの容器であり、故郷に捧げる一幅の集大成であったことが解ります。
歴史を愛する多くの人々に読まれることを、物語とともに今、願っています。